音響抵抗型エンクロージャのすすめ

スピーカは箱が大きいほど良いと言われている.確かにそのとおりで,共振による締まらない音にせよ、豊かな低音にせよ,箱が大きいほうが有利だ.しかし野放図に大きくは出来ない.リビングルームに設置するスピーカはともかく,仕事スペースのPC画面の脇に置くようなスピーカは大きくては困る.しかし箱が小さくなると,低音が出づらいだけでなく,音がなんとなく安っぽくなる.これは共振によるものである.共振と言っても,エンクロージャの剛性不足で箱鳴りを起こしているわけでも,定在波でもない.箱の中の空気の反発力でコーンが共振し,コーン自身が共振音を出しているのである.箱の中に吸音材を入れることである程度は改善できるが,限界がある.そこでここでは,音響抵抗型エンクロージャにより,それを解決しようという話である.

音響抵抗とは?

スピーカのエンクロージャの形式には密閉形(sealed) とバスレフ型(bass-reflex, ported) が広く用いられている.スピーカのコーンが動き,前が負圧になったときには背面が正圧になるが,その背圧が前へ回り込むと打ち消し合って音がしなくなるので(特に低音で顕著),なんとかしてそれを防ぐ必要がある.よってスピーカは大きな板ないし箱に取り付けられる.裸のスピーカは音が小さく,特に低音がほとんどしないが,箱につけるだけで,とたんに立派に鳴りだすのはそのためである.

しかし箱に閉じ込めることによる問題も発生する.箱の中にも空気が満ちており,その圧力は大気圧と同じで,1平方センチメールあたり1kgもの力がかかっている.よって,コーンの僅かな動きによる,1万分の1の容積変化=気圧変化でもスピーカに及ぼす影響は大きい.これをバネにより表現すると上の図のようになる.スピーカはそもそも単体でバネと可動部分の質量を持っており,単体でも共振(振り子のような,往復の揺れ)を起こすが,密閉形ではそのバネが強力になるので,振れの周期が短くなる(高周波になる)とともに,揺れが収まりにくくなる.

バスレフ型は巧妙なしくみである.バスレフポート(出口の円筒)内の空気が重りの役割を果たし,コーンの動きに対して共振し,低音を増強する働きを持つ.さらにその共振が,ある周波数帯ではコーンの動きと逆になる(バネが伸びたり縮んだりして,両者を近づけたり遠ざけたりする振動を起こす)ので,結果的に負圧が正圧に変換され,スピーカの低音を増強する働きを持つ.しかし,この低音は,いわば振り子の勝手な揺れであって,一定の信号が入力されても,徐々に揺れが大きくなり,信号が止まっても徐々に減衰する.よって締まりがない低音になってしまうことがある.大きなスピーカであれば,増強される周波数帯が人間にとってあまり細かいことがわからない領域になるので問題ないが,小さいスピーカだと人間にとって敏感な領域で共振を起こすので,妙な響きが起こり,いかにもラジカセ的な,安っぽい音になってしまう.これを防ぐためにやたらと箱を頑丈にしたりする人がいるが,かえって逆効果である.頑丈な箱は共振を安定にする働きがあり,よく出来た,長く振れる振り子のように,さらに共振を強めることになってしまう.

このように,小さなスピーカは,低音が出にくいだけでなく,スピーカが共振を起こしやすく,音が安っぽくなりやすい.低音の不足は,仕事机の上のスピーカのように音量が小さくてもいい場合はイコライザーで強化すれば補える.しかし共振(共鳴)による音質の低下はいかんともしがたい.なぜか?それは,密閉型やバスレフ型のスピーカには,共振を抑制する仕組みがないためである.エンクロージャとバスレフポートは,ばねと質量という,共振を助長する成分しか備わっていない.そこで音響抵抗である.

音響抵抗型スピーカの1つであるAperidic 型のスピーカは日本国内ではほとんど認知されていないようだ.Aperiodic とは「非周期的,非周期性」という意味であり,共振しないという意味である.Aperiodic 型では,共振を止めるために抵抗を用いる.といっても,上の図にあるように,空気の出口に綿を詰めるなどによって空気抵抗を生じさせるだけである.世間にはバスレフ型の音が気に入らずポートに綿を詰めてしまう人が多いようで,結果,いつのまにか Aperiodic 型を構成してしまっている人もいるのではないかと思われる.これは物理モデルでいうと,バネの一端がねっとりした油の中につけてあるような構造で,この部分がスピーカとバネによる共振エネルギーを熱に変え,共振を鎮める.高層ビルには,地震の低周波振動で壊れないように免震装置を備えるものがあるが,物理的にはそれと同じメカニズムであり,同様の考え方は自動車の多気筒エンジンのクランク保護(トーショナルダンパー)などにも利用されている.

もっと直接的にコーンの共振を防ぐ方法もある.それは,スピーカのすぐそばに音響抵抗を設ける方法である.そうするとコーンの共振がダイレクトに抑制される.密閉型スピーカではエンクロージャ内のを吸音材で埋めることがあり,これをアコースティックサスペンション型などと呼ぶことがあるが,これと同じような考え方である.それよりも効果的なのは,スピーカユニット背後をできるだけ小さな区画として区切り,その区画と残りの空間との間に音響抵抗を設ける方法である.この方法を用いると,Aperiodic 型よりもさらに自由に,共振を抑制することができる.抵抗をかけることで効率が下がるとか,高音が減少するなどと言われることもあるが,シミュレーション結果からも分かるようにそのような効果はほとんどない(減っているとすれば,それは共振音の成分である).

Aperiodic 型エンクロージャのシミュレーション

こちらで紹介した方法により,スピーカを等価回路で表現し,シミュレーションをしてみた.コイル L3 はエンクロージャ内の空気のバネを,また,R3 は空気抵抗を表している.C2 はバスレフポート内の空気の重さだが,この場合は長さ 0,つまり重さがないものとしている.R3 は 0 に近いほど動きを止める働きを持ち,R3 = 0 の場合は密閉形を表す.また C2 = 0, R3 = 無限大では空気抵抗がなく,裸の状態のスピーカに相当する.下のグラフにあるように,R3 を小さくしていくと,空気抜き穴からの音圧(ピンク色の線で表示)が減少する.また,グラフ下部の黒線はインピーダンスの変化を表しており,そのピークが高いほど,また幅が狭く鋭いほど,鋭い共振(長く揺れる振り子)を起こしていることになる.スピーカは裸の状態でも,また密閉状態でも共振を起こすことが分かる.しかし問題はその途中である.抵抗 R3 が適度な大きさ(この場合は 1 から 3 程度)のときはピークが下がり,共振エネルギーが抵抗に吸収されていることが分かる.これが Aperiodic スピーカの動作である.グラフから分かるように,Aperiodic スピーカの共振周波数は,スピーカユニット単体と,密閉形エンクロージャに装着した場合(必ずスピーカユニット単体よりも共振周波数が高くなる)の間に位置し,かつ,共振しづらい状態(Q が小さいという)になるのである.また,抵抗値を適度に選ぶと,低域の周波数特性も密閉形のものとほとんど変わらない.

この形式のエンクロージャは,ユニット自身の Q 値が大きいとき(共振しやすいとき)に特に有効である.スピーカのスペックシートに Qts という値が書かれているが,これが大きいとき(0.5 以上など)のときは,小さい箱に入れるときは要注意ということになる(Qts が大きいスピーカはそもそも設計段階で,大きなエンクロージャに入れることを前提にしていると言える).

Aperiodic 型エンクロージャの制作と計測,試聴

Aperiodic スピーカを作るためには,市販の Aperiodic Ventを使う方法があるようだが,大きさが限られるし,そもそも中身は単に,枠の中に綿が詰まっているだけである.そこで3Dプリンタで,綿の量を調整できる小さなエンクロージャを作ってみた.内容積は非常に小さく,0.8L 前後である.

そのエンクロージャを用い,綿の量を変えながらインピーダンスを測定してみたのが上のグラフである.ユニット単体のときや,剛性の高いガラス製のエンクロージャに入れたときは鋭いピークができ,共振を起こしていることが分かる.実際,このガラス製のエンクロージャは頑丈なはずだがかなり音が安っぽく,出来上がったときは非常にがっかりした(綿を入れることで少しましになったが,満足行くものには程遠かった).そこで Aperiodic 型エンクロージャで綿の量を変えて測定したところ,等価回路のシミュレーションと同様に,綿を詰めていくに従ってピークが一旦下がりながら徐々に共振周波数が上がり,密閉形に近づいていくことがわかった.結果的に綿が 2g 程度のときがもっとも共振しづらく,その状態で2台組み立てて聞いてみたところ,非常に清冽でありつつ,スピード感の高い,切れのある音を響かせるスピーカになった.


続いて,このスピーカのキャップ部分として aperiodic タイプ(綿入り)のものに加え,密閉形とバスレフ型(2種)を作成し,交換して周波数特性を比較してみた.しかしこの容積では内部の容積が小さすぎ,バスレフの効果は限定的になってしまう.結果としてバスレフ型の計測結果は密閉と変わらないか,むしろ低域が減衰する結果になっている.計測結果のグラフで,緑色が密閉形,青系がバスレフ型で,それに対し赤が aperiodic 型である.密閉・バスレフともにエンクロージャ内空気ばねによる共振で 300Hz 近辺が増強されているが,aperiodic 型ではそれが軽微である.なお黒線は,キャップを外して計測した結果である.音圧が回り込むので300Hz 以下が弱くなり,また,450Hz では逆にレスポンスが不自然に高くなっている.

上のグラフは同じ計測結果について,出力の鮮明度(clarity, C50 と C80) と解像度 (definition, D50) を表示したものである(これらはいずれも残響音の大きさに基づく値である).バスレフ型は低域での clarity, definition がともに低く,密閉でも同様である.それに対し aperiodic ではそれらが上昇し,全体にまったく問題がない.

直感的には,綿を使うと音のキレが増す,ということが信じがたいかもしれないが,これは非常に効果が高い.同じ綿でもスピーカの吸音材に用いることは多く,これでもある程度Qを小さくする効果があるにはあるが,低周波の共振を防ぐためにはあまり役に立たないので,ちゃんとAperiodic 型として作るのが良いと思われる.

音響抵抗内部設置型エンクロージャ

Aperiodic 型の効果が高いことがわかったが,それではさらに効果の高いダンピング方法はないだろうか?Aperiodic 型ではエンクロージャの空気ばねの外側に抵抗がついており,コーンを直接制動していないことや,Aperiodic vent から音圧が漏れる点が気になる.そこで,密閉型エンクロージャ内部を区切り,そこに音響抵抗を設置する方法について検討した.

このシミュレーションでは,次に制作を予定している MarkAudio Alpair 7 generation 3 を 2L のエンクロージャに入れた場合を想定している.このユニットのパラメータから計算すると,密閉型エンクロージャであれば約6L以上の容積を持つことが望ましい.実際,2L の密閉型とした場合,かなりQ値が上昇し(計算上 $Q_b = 0.98$ となる),周波数特性上もピークが現れているし,インピーダンスカーブは非常に尖ったものとなっている.Aperiodic 型として抵抗値を調整するとインピーダンス曲線の山はかなり低くなるが,周波数特性上では依然として若干の盛り上がりが残存している.それに対し,エンクロージャ容積を1:10 に分け(スピーカー側が 1),その間に空気抵抗を設けると,周波数特性,インピーダンスカーブともに理想的な状態となり,低域の再生能力も密閉型に遜色ないものであった.また,音響抵抗の強さも 1/10 となっている(抵抗からスピーカーまでの容積が約 1/10 になったため,そのぶん抵抗の効きが強い).

上の図は抵抗値 R3 を変化させたときの様子である.aperiodic 型と同様に抵抗値は大きすぎても小さすぎてもだめで,抵抗が小さすぎる(R3 が大きすぎる)とただの密閉型に近づき,また抵抗が大きすぎる(R3 が 0 に近い)と,スピーカ寄りの非常に小さな空間が密閉型エンクロージャのように振る舞うので周波数特性,Q値ともに悪化してしまう.しかし Aperiodic 型とは異なり,ダンピングを強くするほどインピーダンスのピークが下がるので,インピーダンス曲線だけを頼りにチューニングすることは難しそうである.ともあれ,この例のように極端に小さなエンクロージャを使用する場合は音響抵抗を内部に備える構造がよいことがわかった.

ここには掲載しないが,第1室と第2室の容積比は,第1室が小さい方が効果が高く,半々に割った状態ではあまりよいパラメータが見いだせなかった.

参考資料