なぜ低音を出すのが難しいのか

ポイント

スピーカの周波数特性

なぜスピーカでは低音が出にくいのだろうか.スピーカの大きさが波長より小さいからとか,エンクロージャ内の空気の圧力だとか,いろいろと言われていて,間違いとまでは言わないものの,本質を突いているとは言いがたい.ここではなぜ低音が出にくいのか,その主要因について解説する.

上はこのサイトで何度も紹介している,スピーカの等価回路である.スピーカはコーンの質量と,コーンを支えるエッジ・ダンパーのばねとしての特性により共振を起こす.そこにいろいろな交流電圧を印加すると,共振周波数でもっとも効率よくコーンが振動する.

スピーカのシミュレーションでは(というより力学系を数学的に扱う際には),動く部分の「速度」に関する計算を行う.グラフの黒線はコーンの最大速度を表している.このスピーカは共振周波数がおおよそ 70Hz なので,70Hz 付近でもっともコーンの最大速度が高くなり,その周波数から離れるに従って速度が低下する.ただしこのグラフは,横軸(周波数)が対数であるのに対し,縦軸(右)が直線的なので扱いにくい.そこで縦軸も対数(dB : デシベル)で表示する.

このグラフは最初の図と同じであり,色のついた線は左の縦軸で,単位は dB である.黒線(コーンの最大速度)を dB で表すと,緑線のような山形となり,ピーク部分から離れた裾野の部分は左右対称で,直線に漸近する.その直線の傾きは 6dB/oct つまり周波数が倍変わるごとに 6dB(2倍)の変化があるということを示している.

このグラフはコーンの速度なので,これを音圧に変換しなくてはならない.音圧 (sound pressure) はコーンの加速度 (acceleration) に比例するので,それを求め,紫色で示した.このグラフはもっとも我々がよく目にするもので,高域がフラットで,低域が下がる曲線である.加速度は速度の微分値であり,このシミュレーションでは全ての入出力は正弦波である.$\sin(ft)$ の微分は $f \cos(ft)$ となり,周波数 $f$ に比例して振幅が増加するので,これがコーン速度(緑線)の高域の傾きである 6dB/oct をぴったり相殺することで,共振周波数よりも高周波領域の音圧はフラットになる.

かわりに割りを食うのは低域である.低域も同じく 6dB/oct で低下するところに,さらに上記の係数がかかるため,共振周波数よりも低域では,音圧の変化は 12dB/oct になる.これが,スピーカでは低域が再生できないことの主要因である.繰り返すが,このグラフはスピーカ単体のコーンの動きであり,スピーカの背圧が前に回り込む影響とか,スピーカがどれだけ効率よく空気に力を伝達するとか,高域に比べて低域のほうが広がりやすいとかの効果は含まれていない.言い換えると,強固な無限大バッフルで世界を2つに分けて,スピーカのすぐ前に耳を当てて音を聞いたときの周波数特性であると言え,エンクロージャ容積や距離,指向性の影響は入っていない.

スピーカで再生できる最大の音圧を制限するものとして,コーンのストロークがある.これはコーンの位置 (position) の最大値(振幅)であり,速度の積分値である.$\sin(ft)$ の積分は $-\frac{1}{f} \cos(ft)$であり,今度は赤線のように低域側がフラットとなり,高域側が 12dB/oct で減衰する.これの直感的な理解は以下の通りである.超低周波の領域は直流とみなすことができ,ボイスコイルに働く力はコーンを一定の力で動かそうとするが,これをエッジやダンパーのバネが引き戻そうとする.その力が釣り合った位置が最大振幅である.つまりスピーカは自然に,最大振幅が一定値までに律されると言える.

低域を再生するには?

以上のことから,スピーカの共振周波数 $F_0$ がカットオフ周波数と呼ばれ,それより下の周波数は急速に再生できなくなることが理解されると思う.それではどのようにすれば低域を再生できるのか.そのためには,スピーカの $F_0$ を下げれば良い.以下のグラフは,コーン等の可動部の質量を倍に,エッジやダンパーのばね定数を半分に(バネを弱く)した場合のシミュレーション結果を示している.CとLがともに2倍になっているので共振周波数は半分の 35Hz となっており,紫色のグラフから分かるように周波数特性のフラットな領域が広がっている.しかし全体に紫色の曲線が低下していることが分かる.これは,コーンの質量が増加したことにより効率が低下したことを示す.バネが弱くなっているので超低域でのコーンの最大振幅は2倍に増加しているのに関わらず,である.もしコーンの最大振幅を同じ値に制限すると,さらに高域の効率は低下する.

結局のところ,低域のコーン振幅が一定値に制約されるとすると,共振周波数が低いほど(グラフの屈曲点が低域に来るほど)高域の振幅が小さくなり,フラット部分の効率が低下する.低域が出るようにするというよりは高域を絞っているのと同じことであり,電気的なイコライザにより同じことが達成できる.つまり,一定の(十分な)音圧を得ることを考えると,低域ではコーンの振幅の大きさか,コーンの面積が必要となり,その意味では「小さいスピーカーでは低音(の絶対的な量)が得られない」ということは正しい.ただし,音量が小さい領域で周波数特性をフラットにするのであれば,このような機械的工夫にしろ,電気的なイコライズにしろ,いろいろな手は存在する.

スピーカによる低域の増強について

代表的な低音増強の手法は,空気による共鳴を利用する方法である.バスレフ型のスピーカでは,ポート内の空気質量と,エンクロージャ内の空気ばねが機械的に共振する.また,QWT (quarter wave tube, 1/4波長管)やTQWT は閉管の定在波現象により共鳴を起こさせる.いずれも,振り子のように弾みがつく要素を置き,それをスピーカで加振することによって音圧を増幅する仕組みである.この加振時にはスピーカに大きな負荷(空気がコーンの動きを妨げる力)がかかり,共振する部分が大きなコーン紙と同じような働きをすることで低音が増強されると言っても良い.ただし,共振現象を利用しているため,どうしても音に弾みがついてしまう.

ホーン型スピーカーではホーン内の空気がコーンと同じ働きをする.そして,振動板からホーン開口部に向けて広がることにより,力と変位の関係が変換され,空気の質量がコーンに影響する度合いを大きくしている.しかし,低域の再生においてホーンの負荷を十分なものにするためには,非現実的な大きさのホーンが必要になってしまう.

バスレフにしろバックロードホーンにせよ,スピーカの背圧を利用して低音を増強するものでは,いずれ超低域では前後の音圧が相殺しあって音が消えてしまう.

結局のところ,限られた大きさで,共振の力を借りずに,空気の質量等によりスピーカの低域を増強することは難しいと思われる.