プラナーを活かす ローライフレックス 2.8C
2015年8月

「二眼レフカメラ」といえばローライである。もちろん他にも多くの優れた二眼レフカメラは存在するし、ローライ(フランケ&ハイデッケ)も二眼レフでないカメラを多く開発販売してきたが、それでもやはりローライといえば二眼レフだし、二眼レフといえばローライだ。ローライの二眼レフについてはすでに膨大な情報があるので、ここでは敢えてそれを繰り返すことはしないが、もとはステレオカメラの一方のレンズを取り除き、縦に配置し直したものを始まりとした二眼レフの「始祖」であり、その後も継続的に改良を進め、長きに渡り作り続けた「主役」であり続けた、そのことの偉大さには触れておきたい。
そのような「二眼レフの主役」ローライだから当然、その歴史の中で数多くの優れた二眼レフを輩出してきた。フィルム装填の自動化など多くの先進的な機能を誇る「ローライフレックス」に対し、機能を絞ることで軽量・軽快な良さのある「ローライコード」の上下2ライン構成をとっていた時期が長いし、世代により露出計の有無やレンズの種類など多くの点が変更されている。用途や好みによってその適・不適が様々に変化することは承知のうえで、ここでは敢えて私的に、このプラナーレンズを搭載した「ローライフレックス 2.8C」を最高のローライフレックスとして推したいと思う。

このローライフレックス 2.8C には、カールツァイス製の名高いプラナー 80mm F2.8 が搭載されている。もともとローライフレックスは3群4枚構成の優れたレンズ「テッサー」を搭載したものから始まり、F4.5, F3.8, F3.5 と次第に明るい(大口径の)レンズへと進化してきたが、さすがに3群4枚構成のままでは大口径化に限界があり、テッサー型のF2.8レンズを搭載した2.8Aは不評であった。そこで4群5枚に構成枚数を増やしたレンズに変更されることになり、まずは緊急避難的に東側のカールツァイス・イエナ製ビオメターを搭載した2.8Bを経て、2.8C がシュナイダー製のレンズ、クセノターを搭載して発売される。そして2.8Cの後期型からは、ここに挙げたカメラのようにプラナー搭載機が追加され、その後、クセノターとプラナーのどちらかを購入者が自由に選べる時期がしばらく続いた。当初プラナーはカールツァイス製であったが、後にローライはカールツァイスからライセンスを受けてレンズを内製するようになる。

それでは 2.8C 以降のプラナーレンズを搭載したカメラなら全て同じ写りかというと、そうではない。多層膜コーティングの有無のほか、カールツァイスからローライへの製造の移管などもあったが、誰が撮っても分かる大きな変化は絞り枚数の変更である。上の写真のように、2.8C までは絞りが10枚の羽根により構成されており、開放絞りだけでなく、絞っていっても絞りが円形に近い形状を保つ。しかし、次のモデルである 2.8D からはシャッターが新型のコンパーに変更され、絞り羽根が5枚に減らされてしまった。そのため、ぼけの形状が5角形になり、プラナー持ち前の自然で優しいボケ味が若干損なわれてしまう。同じローライフレックスでも、より後のモデルではなく、2.8C を積極的に選択する理由、2.8C を至高のローライフレックスであると考える理由はまさにこの点にある。
一眼レフカメラとは異なり、二眼レフカメラではピント合わせやフレーミングのために専用のレンズが設けられているために、撮影用レンズの絞りはセットした大きさのまま急速に動かす必要がない。それに対して一眼レフでは、シャッターを切った瞬間に絞りを指定値まで絞込み、撮影後にはまた開放に戻すといった動作が必要であるため、それまでの二眼レフカメラやレンジファインダーカメラに比べ、絞り羽根の枚数を減らすことで摩擦を減少させている。二眼レフではその必要がないのだから、絞りの枚数が多ければいいと思われるのだが、残念ながらシャッターが新型のシンクロコンパーに更新された時に、(おそらくはハッセルブラッド等のレンズシャッター式一眼レフ用シャッターとの部品共通化などの要請によって)たったの5枚羽根に削減されてしまった。これは「細かな違い」のように言われることもあるが、大きなぼけの発生しやすい中判カメラでは時として無視できない違いを生むことがある。

上の写真はローライフレックス 2.8C で撮影した作例であるが、事実、このような写真を後のローライフレックスで撮影することは容易ではないと思われる。絞りを少し絞っているが、遠景の輝点を含め、落ち葉がぼけた部分なども全てほぼ円形で均一なぼけ像を保っている。2.8D 以降のローライではこれらが全て五角形になってしまう。またプラナーとクセノターの比較で言うと、クセノターも十分にシャープなレンズであるが、収差設計の違いにより背景のボケの輝度分布が均一でなく周囲部分が明るくなるために、若干の2線ボケ傾向となり、やはり同様の絵にはならないと思われるのだ。
プラナーとクセノターのどちらが優れたレンズか、という論争はしばしば行われてきたが、多くの写真や証言を総合すると以下の様なことが言える。クセノターは一言で言うとマクロレンズ的なシャープネスを持つレンズ(事実、初期のマクロレンズではクセノター型を基本にしているものが多い)である。それに対してプラナーは、開放絞り時の僅かなハロによる柔らかさに加え、背景描写の滑らかさ(2線ボケの起こりにくさ)に持ち味がある。よって好みが分かれるが、上の写真のようにプラナーも十二分なシャープネスと均等性を持っており、ローライフレックスらしい、優しく味わいのある写真を生み出す力があるという点で、プラナーがローライフレックスの名声を高める立役者であったことは間違いない。

ローライフレックス 2.8C は、画質や使い勝手を高める重要な機能が出揃った最初の機種である。画質の点で大きな効果があった変更として、内面反射対策が挙げられる。画角外の明るい被写体からの光が暗箱の側面を照らし、その反射光がフィルム面へ到達することで画像のコントラストを低下させる。その光を遮り、フィルム面へ到達する光量を大幅に減少させることが出来るバッフル板が最初に設けられたのが 2.8C である(2.8B にも一部には備わっていると言われる)。
使い勝手の面での大きな一歩は、ピント合わせノブの大型化である。それまでのものより直径が大きくなることで、スムーズに軽く、精度よくピント合わせをすることが出来るようになった。なお次のモデルである 2.8D では、絞り値とシャッター速度が連動させられてしまう「ライトバリュー連動」が導入されたが、これは現在では使い勝手が悪いと評されている。さらに2.8E・2.8Fでは露出計が搭載できるようになるが、これも今となっては感度や精度(測定範囲)の点で不十分なものであると言わざるを得ず、メータ部分が割れたり壊れたりしやすいことなども相まって、個人的には「なくて良い」を超え、「ないほうがよい」機能であると言わざるをえない。ピントグラスも後のものはプラスティック製などにより明るくなっているが、2.8C の磨りガラス製のピントグラスは暗めであるかわりにピントの山がつかみやすい。露出計のための測光窓がついた銘板よりも、このシンプルで伝統的な銘板のほうが好みであることもあって、やはりこの 2.8C をもって至高のローライフレックスであるとしたいのである。
解説動画
各部の紹介

右手側側面には大きなクランクがあり、フィルムの巻き上げとシャッターのセットが同時に行われる(セルフコッキング)。2.8C から多重露出が可能となった。シャッター速度と絞り値はカメラの上部から読み取ることが出来る。ファインダのルーペは高さを変えることにより視度の調整ができる。

ファインダの前蓋内側には鏡が装着されており、前蓋を押しこむことでアイレベル撮影が可能となる。ファインダ背面の四角い穴(上の穴)から覗くことで正立正像のフレーミングができ、動いているものを追いながら撮影することなどが簡単になる。下側のレンズを覗くと、鏡の反射によってピントグラスの中央付近を大きく見ることができ、上下・左右がともに反転した像にはなるが、ピント合わせが可能となる。ピントグラスには格子線が刻まれている。

ローライの中でも最高級のカメラに与えられる名称「ローライフレックス」を持つカメラを並べた。左の
ローライフレックス4×4は 127フィルム(画面サイズ:36x36mm)を用いる、ローライフレックスのまさに弟分であるが、ノブ巻き上げでありながらシャッターがセルフコッキングされるし、フィルムの頭出しも完全自動(スタートマーク合わせの必要がないフルオートマット)になっている。ファインダフードを写真のように収納した状態ではシャッターがロックされる。
中央のカメラは、市場が二眼レフから一眼レフへ移行する中でローライが放った高機能一眼レフ「ローライフレックスSL66」に露出計を内蔵したローライフレックスSL66Eである。50mmもの繰り出し量とティルト機能を持つ特殊なピント合わせ機構に加え、TTL露出計を備えることで露出倍数も気にする必要がなく、本体のみで高度な接写を容易にこなすことが出来る、大変優れたカメラである。