魅力的なアンバランス AGAT 18K

AGAT (АГАТ) 18K は、ソビエト連邦時代からその崩壊後にかけて、ベラルーシで製造されていた大衆向けハーフ判カメラである。その特徴は、極めて軽量なカメラでありながら、やや不釣り合いな「ちゃんとしたレンズ」と、それを活かす機能が過不足なく備わっている点にある。このカメラには、フォーカシング可能なテッサー型のF2.8レンズと、マニュアル式プログラム露出シャッターという変わった仕組みが備わっており、ピントと露出を意図的にコントロールすることが出来るのである。

西側諸国では、このような簡便なカメラにはパンフォーカス単レンズに単速シャッターを組み合わせ、レンズ付きフィルムとほぼ同等のカメラとしたであろう。そこに、全ての面にコーティングを施した3群4枚のオールガラスレンズを奢るところは、少しアンバランスのように思える。だが、そのアンバランスさこそが、これら旧ソ連のカメラの魅力であり、一部でカルトな人気を誇っている理由なのだろう。多くのハーフ判カメラが縦長画面前提であるところ、単にロゴ等の印刷の向きの違いであるとはいえ、縦持ちで横長画面となるデザインが、黄色いアクセントカラーと相まって、もう1つの人気の秘密のようにも思われる。

カメラの仕様と特徴

AGAT 18K はプラスティック製のカメラであり、本体は約113gと非常に軽量である。このカメラには三脚穴に取り付けるストラップと、それに繋がったレンズキャップが付属しており、それを入れてもたった119gしかない。35mmフィルムを用いるカメラとしては最も軽量なカメラの1つであろう。また、製造国の技術レベル、もしくは価値観の相違により、造型品質も低いと言わざるを得ない。しかし前述のように、それには不釣り合いなレンズが装着されていることがこのカメラの魅力である。

レンズはインダスター(Industar, ИНДУСТАР) 28mm F2.8 レンズであり、トリプレットという説もあるが、レンズ名称、および界面の反射が7つ見えることから3群4枚のテッサー型レンズと思われる。また、このレンズはフォーカス固定ではなく、目測となるが0.9mまで近接できるヘリコイドを有している。ゾーンフォーカスのアイコンでなく、距離値が細かくメートル単位で記されているのが良い。白い指標の左右の凸凹は、被写界深度指標である。

なお、このレンズキャップはシャッターボタンまで覆うようになっており、カバン等に仕舞ったときに、意図せずシャッターを切ってしまうことを防ぐことが出来る。

露出制御

絞りを兼ねるシャッターはレンズ全体の後ろに搭載されている(ビハインド・ザ・レンズ・シャッター方式)。このシャッターは黄色の外周リングを回転させることで速度と絞り値が連動して変化する。付属の取扱説明書によると、リングを反時計方向に回しきったところで絞り値がF2.8, シャッター速度が1/64秒となり、時計回りに回し切るとF16, 1/256秒となるが、おそらくこれはモデルチェンジ前の AGAT 18 のときの仕様であり、AGAT 18K では 1/65〜1/540秒の範囲で変化するとされている。リングにはこの絞り値のみが記載されており、指標はレンズ側面下側の白線(ISO感度と共用)である。

しかし、本当にこのようにシャッター速度が変化しているのだろうか。そこで、1200fps の高速度撮影によりシャッターが開閉する様子を動画で撮影し、シャッター速度を計測した。シャッターの開き始めから開き切るまでの時間などを勘案して計算した結果、ほぼ仕様通りの動作となっていることが確認できた。

この表と絞り値から露出を決定してもよいが、このカメラには計算盤式露出計が備わっている。内側のリングにISO感度が記されており、これを同じ白線の指標に合わせると、レンズ上側の計算盤式露出計が利用できる。黒線に天気のマークを合わせればよく、上の写真ではISO100時に暗めの曇りであれば、絞り値がF4, シャッター速度が1/95秒となることが分かる。ISO感度が刻まれたリングはこのように、あくまで計算盤式露出計の一部であるため、カメラ内部とはなんら接続されていない。

このように極めて単純な仕組みであるが、そもそもハーフ判は被写界深度が深く、絞り込むと回折の影響を受けやすいこともあり、シャッター速度と絞りの両方を露出度の制御のみに利用する割り切った考え方(プログラム露出)は妥当である。単速シャッターを用いた場合(絞りだけで露出を決める場合)に比べ露出制御の幅が広く、それによりほとんどの撮影シーンをカバーできていることが分かるだろう。また、次で述べるように、このシャッターの動力はフィルム巻き上げにより蓄えられるため、シャッターボタンの押下力により駆動するタイプの簡易なシャッター(エバーレディーシャッター)に比べシャッターが軽く切れ、カメラがブレにくい(ただし、カメラが軽量なため、しっかりホールドしないとブレやすいことには変わりない)。

フィルム給送

ボディは、ほぼ中央を走る分割線で2つに割れるように開く。フィルム圧板はローライ35等と同様にちょうつがい式に取り付けられており、カメラを閉じると背面のバネでゲートへ押し付けられる。その圧板にスプロケット(片側のみ)が通る切り欠きがある。フィルムはカメラの前後から操作できるおおぶりなノブで巻き上げることが出来る。

フィルムを巻き上げるとスプロケットが回転され、それによりシャッターがチャージされる。つまり、フィルムを装填していない場合はいくら巻き上げてもシャッターがチャージされないため、空シャッターを切ることができない(手動でスプロケットを回せばシャッターを切ることが出来る)。また、このスプロケットが規定量(4穴分)進み、シャッターがチャージされると、巻き上げノブがロックされる仕組みも備わっている。つまり、巻き上げスプールは巻き上げノブに対して滑る仕組みを持たず、スプロケットで規定量進んだことを検知して巻き上げが停止されるようになっている。

フィルムカウンターはカメラを開けると自動的にリセットされる。圧板を閉じると、写真に見える銀色の軸が押され、カウンターが進んでいくようになる。カメラを開くとこの軸がリリースされ、カウンターがリセットされる。

撮影後、フィルムを巻き戻すには、巻き上げノブ中央の小さな円盤を赤点のほうへ回す。するとこの円盤が少し持ち上がり、巻き上げスプールがノブ(逆回転しないようにクラッチが内蔵されている)から切り離され、巻き戻しできるようになる。巻き戻し側にはクランクが備わる。巻き上げノブと巻き戻しクランクの間にある小窓はフィルムカウンターである。

ファインダとアクセサリシュー

ファインダにはアルバダ式のブライトフレームが備わる。近接時のパララックス補正指標も備わっている。カメラの上端にはアクセサリシューがあり、シンクロ接点が備わる(ホットシュー)。シャッターは全速でストロボに同調でき、また絞り値を設定可能なため、上の写真のような外部調光が出来るストロボを用いれば、自動露出で撮影することが出来る。アクセサリシューを隠すカバーも付属する。

大きさの比較

同じハーフサイズカメラとして、初代のオリンパス・ペンと並べてみた。幅、高さともにAGATのほうが小さいが、レンズのF値はAGATのほうが明るい。他に、フィルムカウンターが自動復元であること(ペンは手動復元)、ホットシューを備えることなどの利点もある。もちろんオリンパス・ペンの美点は多数あり、シャッター速度と絞り値を独立に選択できること、シャッター速度の範囲が低速側に広いこと、絞りがシャッターと別にレンズの中にあること(ビトウィーン絞り)、どちらもブライトフレームを備えるがペンは採光式であること、最短撮影距離が短いこと、などが挙げられる。もちろん、カメラの質感や信頼性も大きく異なるが、重量が3倍も異なる(初代ペンは350gであるのに対し、AGATは113gしかない)。


プラスティック製で軽量なカメラとして、1993年の発売当時、最小・最軽量のAFカメラであったニコンミニ(AF600QD)と比較した。これはフルサイズカメラであり、フラッシュ・自動巻き上げ・巻き戻し・オートフォーカスなど機能的には比べるべくもない。また、沈胴式であるため、携帯時の厚みも他より薄い。ただし重量は電池を入れると175gあり、重さはかなり異なる。

AGAT 18K はその前身の AGAT 18と合わせ、150万台以上が生産されたとのことである。

撮影例

その他の撮影例はphotogradation - a gallery of light and shadowへ。

参考文献