沈胴式66判カメラ:Digna と Perfekta
2015年12月

当サイト Camera Graphic では、蛇腹を用いることで携帯時には小さく折り畳める「スプリングカメラ」を多く紹介している。蛇腹はカメラを伸縮させるキーパーツであるとともに、ギザギザの内部形状が画角外からの不要光の吸収に有効であり、優れた光学部品であると言える。しかし蛇腹を用いたカメラには共通の弱点があった。それは漏光である。古くから蛇腹は羊皮(ヤンピー)を用いて作られ、品質の良いものでは100年を経たものでも光漏れなど起こさないが、布や紙をベースにしたものや、1980年頃に現れた樹脂を用いたものなどは劣化しやすく、角などの折り目から漏光することがある。この悩ましい問題をなんとか避けつつ、それでも小さく折り畳めるカメラはないものか・・・その答えが沈胴式カメラである。

沈胴とは、重ねた筒を用いて伸縮させる機構のことを言う。このような機構を備えたものとして、ライカ用のレンズ「エルマー」や「ズミクロン」、コンタックスの「ゾナー」など、レンズ交換式の高級レンジファインダーカメラ用のレンズがまず思い浮かべられるだろう。これらのカメラはボディ内にシャッターを内蔵しており、一眼レフカメラには必須のミラーもないため、容易に沈胴式レンズが実現出来た。しかし中判では様子が異なる。フォーカルプレーンシャッターを搭載したカメラは大型の一眼レフが中心であり、小型のカメラにはあまり例がないのである。よってレンズ側につけられたシャッターとレンズ全体を沈胴させる必要があり、シャッターとボディとの連携が必要になる。
ここではこのようなレンズシャッターを搭載した沈胴式カメラとして、ダコラの Digna と VEBラインメタルの Perfekta II を紹介する。同じジャンルに属するカメラではあるが、その中身は相当に異なったカメラである。
Dacora Digna

ダコラ(Dacora Kamerawerk) は第二次世界大戦直後にドイツはロイトリンゲンで創立されたカメラメーカである。日本ではその名がほとんど知られていないが、、主に初級・中級カメラを製造していたため出荷台数は非常に多く、200万台前後のカメラを製造したと言われている。初期のスプリングカメラ(社名と同じ Dacora の名前を冠していた)に始まり、
かなり多様なカメラを製造したが、中では Dacora Record Royal がセルフコッキングを備えたスプリングカメラとして、
マミヤシックス・オートマットに先んじた(ただし距離計は非連動で、巻き上げはレバー式であるにもかかわらず赤窓式であった)ことが特筆できる。
ここで紹介する Digna は Dacora を簡略化し、蛇腹があった部分に沈胴機構をはめ込んだようなカメラである。フィルム室側から覗くと、前後に出入りする円筒形の筒の中央に、レンズシャッターが(スプリングカメラと同様の方式で)取り付けられているのが分かる。ただし特徴的であるのはシャッターボタンの連携機構で、これはスプリングカメラでは蛇腹の外側で連携するところ、このカメラでは筒の内側に連携機構が設けられている。沈胴させるとその連携が切れるため、沈胴中はシャッターを誤って切ってしまう事故は発生しない。この円筒形の筒は後ろ側から強めのスプリングで前方へ押されており、ロック解除する(沈胴部の基部を少し回す)とレンズが飛び出してくる。その点では、スプリングカメラであると言えなくもない。レンズを格納するときは、バネに逆らってそのままレンズを押し込んで少しねじって固定する。

Digna にはいくつかのモデルが見られる。ここで紹介するモデルはダコラ自身のブランドである Dignar 75mm F4.5 に 1/25, 1/75, 1/200 の3速とバルブを備えた VARIO シャッター(プロンターで知られた AGC 製)を搭載したモデルであるが、よく見られるのは Achromat 80mm F8 レンズ(1群2枚の色消し単レンズ)を備えた廉価版で、これのシャッターは 1/50秒の単速とバルブのみ、絞り値はF8かF11のみで、ゾーンフォーカス式となっている。逆により大口径の Enna Correlar 80mm F2.9 や ISCO WESTAR 75mm F2.9 に PRONTO シャッターを備えたモデルもあるが、これらはどれもトリプレット・前玉回転式のようである。後に示す Perfekta II とは異なり、絞り値が自由に選べ、ピント合わせも出来る点でより本格的なモデルであると言える。
Dacora には Digna の前身のスプリングカメラに Dacora I / II と Subita というモデルがあり、Dacora I / II には多重露出防止機構が備わっていたが、Subita や Digna には搭載されていない。Subita はボディ側にシャッターボタンがなく、これも Dacora だけの特徴であったが、Digna はボディ側にシャッターボタンを持つため、Dacora と Subita の間ぐらいの仕様だといえよう。
VEB Rheinmetall Perfekta II

Perfekta II はラインメタル人民公社 (VEB Rheinmetall) が製造した廉価版カメラである。Rheinmetall はもともと軍需企業であったが、一部にタイプライターや機械式計算機などを製造する事務器部門もあり、その部門が第二次大戦後に東ドイツ側に属した時に幾つかのカメラを製造した。その中に
イハゲーの EXA をライセンス生産したもののような高品質のカメラもあるが、この Perfekta II は全体がプラスティックで出来た低廉なカメラである。Rheinmetall は Metall とあるように金属製品に端を発する企業であるのに、全体が徹底的にプラスティック製であるのは面白い。
Perfekta というと Welta の折りたたみ式二眼レフのほうが有名であるが、このカメラの前身 (Perfekta) はやはりプラスティック製の廉価版カメラであり、沈胴機構がなく、単速シャッターを備えた簡易なカメラであった。それがこの II 型に発展した時に、沈胴機構や3速切り替えのシャッターを得た。

このカメラの最大の特徴は、なんとセルフコッキングを備えていることである。巻き上げノブを回すとその動力がシャッターへ伝えられ、シャッターが準備される(沈胴状態では巻き上げられない)。よってシャッターは簡易な「エバーセットシャッター(シャッターボタンを押す力そのものでシャッター羽根を動かすシャッター)」ではないので、シャッターボタンがやたらと重いということもない。またもう1つの特徴として、絞り(F7.7開放、F11, F16 の3段階)が全て「完全円形絞り」となっている。複数枚の絞り羽が組み合わさって絞りの直径を開閉するのではなく、1枚の板に直径の異なる穴が空いており、それが入れ替わる方式(上の写真では、F11 と F16 の間にセットしているため、レンズの中に2つの開口部が見える)で、後に高級コンパクトカメラのミノルタ TC-1 が採用して話題となった方式である。もっともこれも、高級化のためではなく構造の簡易化のためであるし、中間の絞り値は使用できない。
逆に驚くほど割りきった部分も見受けられる。まず、なんとフォーカシング機構がない。レンズは 80mm F7.7 のアクロマート(1群2枚の色消し単レンズ)であるが、さすがに中判カメラであるから、目測でもよいのでピントが調整できたほうがよいのではないだろうか。。。また、裏蓋ははめ込み式でロックがない。取り外すには一方に指をかけて引っ張るだけである。しっくりとはまり、クリックもあるのでさほど不安もないが、割り切りの激しいカメラである。その割にシンクロターミナルが四角い沈胴鏡筒の脇についていたり、赤窓の向こう側に赤窓を塞ぐシャッターが出し入れできたりと妙なところはこだわったカメラである。
撮影例 (Perfekta II)
どんなカメラでもまずは試写を行い、個性を掴んでからでなければ安心して使えない。しかし、ちゃんと撮れるかどうかわからないカメラの試写にフィルムを丸々1本使うのもしゃくである。そこでここではけち臭く、Perfekta II で6コマ目まで撮影したフィルムを一旦巻き切り、暗室で巻き戻してから Digna に装填し7コマ目からを撮影した。どちらも赤窓式のカメラなので、コマ位置のずれなどの心配はない。

Perfekta II での 1/50 秒、 F7.7 開放での撮影例である。開放ではもっと崩れるかとおもいきや、意外にまとまった描写である。このような構図では周辺部の甘さが被写界深度によるものか、レンズ性能によるものか区別がつきにくいので一見普通に見えるが、右の壁面などを見ると、距離とボケの関係が成立していないことが分かる。
画面の左上にモヤモヤとしたものが写っている。これはどうやら、カメラ暗箱の内面反射によるもののようだ。Perfekta II では沈胴により前後する部分の内側には艶消し塗料が塗られているが、それが納められるカメラ本体の内面は黒色プラスティックを整形したままであり、あろうことか、ツルツルの鏡面仕上になっている。よって画角外に明るい部分があると、それがてきめんに折り返してきてしまう。日陰の方向から分かるように、画面の左上には太陽があり、それが内面反射を起こしてしまったようだ。

F11 に絞って撮影した例である。ピント合わせ機構はないが、これぐらいの距離の物体にはピントが合いやすい。ボケの大きさが対角線の長さの 1/1500 以下となるように設計すると、F11 のとき10m 先にピントを合わせることで 5m より遠方が全て被写界深度に収まることになる。開放絞りは F7.7 であるが、収差もあるので、おおよそこれぐらいか、さらに近くにピントが合うような基準で設計されているのではないだろうか。そう考えると神社の建物より無限遠景のほうが甘いことも納得できる。周辺部分の甘さはまだまだ残り、単玉の限界を感じさせる。

これぐらいの距離の物体であればそこそこシャープに撮影できる。像面の湾曲のため、被写体までの距離が近い画面下部は他の部分に比べシャープに写っている。社殿の影の部分や画面の右端にそったモヤモヤはやはり、内面反射によるものだろう。

F11 で撮影した遠景である。中央付近は思ったよりも解像しているが、やはり周囲は甘くなる。やはり、中距離で、画面の中央に主要被写体があるような構図が一番まとまりやすい。全体として、ホルガのようなトイカメラほどには周辺は暴れないが、やはり単レンズのカメラである。周辺部の甘さをうまく使って撮影すべきだろう。
撮影例 (Digna)
続けて Digna で撮影した。こちらはトリプレットであり、またピント合わせもできるので、より撮影の自由度は高い。

まずは同じような被写体を撮影してみた。こちらはシャッター速度を 1/75 秒に設定し、F5.6 で撮影した。Perfekta II の例より陰っていることもあるが、内面反射の問題はこちらのほうが軽微のようだ。Perfekta II とは異なり、Digna では沈胴鏡筒が暗箱内面に直接擦れないので、自前で植毛紙を貼るなどの対策もできる。距離とボケの関係も、こちらのほうがより自然である。

目測だが、ピント合わせができるのでこのような構図でも撮影ができる(Perfekta II ではこれが出来ないのがかなりきつかった)。

ほぼおなじ構図での遠景で、絞りは F11 で撮影した。さすがに Perfekta II よりも周辺部までシャープであるが、依然として左右端では甘さが残る。ただし画面の隅では再びシャープで、これは像面の湾曲特性に加え、被写体までの距離の違いによる影響もあると思われる。

同じく遠景であるが、チェックのためフォーカスリングを 20m 近辺に合わせて撮影した。これだと逆に甘くなってしまったようだ。Perfekta II で撮影した直後だと、ついピント合わせを忘れてしまいそうになる。シャッターチャージレバーがファインダを覗くと見え、シャッターを切った瞬間に動くのが確認できるのは面白い。

最短撮影距離付近での撮影例。やはりこのような立体的な構図のほうが、甘さが目立たず使いやすい。
塗装による外観のリフレッシュ

今回入手した Digna はトップカバーに錆や傷が見られ、あまり状態のよいものではなかった。そこでレストア作業の練習も兼ねて、トップカバーの塗装にチャレンジしてみた。

塗装で大事なことは塗り方やマスキング処理もさることながら、下地処理や固定方法を侮ってはいけない。下地の傷は塗装が乾くにつれて(溶剤が揮発して膜厚が薄くなることで)表に出てくる。今回の処理も完全ではないが、錆の部分なども紙やすりなどで平滑にしておかないと結局、塗装の表面にそのザラザラが浮き出てきてしまう。また固定方法も重要で、塗料は面に垂直な方向から吹き付けるとたくさん乗るので、土台から少し浮かして固定するほうがよい。ボール紙などを丸めて適度な長さにし、それをトップカバーの裏側からマスキングテープ等で接着し、土台に固定しておけば垂直面も塗りやすい。また塗装対象を手に持って向きを変えたり、斜め下から吹き付けたりすることも容易になる。これ無理に斜め上から塗装しようとすると、下地が透けないところまで塗るとトップカバーがてんこ盛りになって垂れたりする。今回の場合はあまり下から塗る必要がなかったので低めだが、やはり低すぎた。

今回は試しに、つや消し黒の塗料でレザートーン調塗装に挑戦してみた。下地が隠れるまで一通り塗り、表面が乾燥してから再び、少し離れたところから塗料の飛沫が適度に乗るように軽く塗装する。素人仕事だが、スプレー缶でも少しレザートーン塗装の雰囲気が出せた。
塗装のコツを少しまとめておく。
- よく言われることだが、一気に塗りすぎるとたれやすい。縦の面だけでなく、水平な面でも、エッジの周囲が盛り上がったりしがちである。しかし平滑な面に仕上げようとするとある程度の塗料が乗ることも重要で、その度合いを見極める必要がある。先に書いたように、自由な方向から塗料を吹き付けられる態勢を整えておき、塗料が乗った量をしっかり見ながら塗装することが重要である。やはり、下地が少し透ける程度で一旦やめて乾燥させ、二度塗りしたほうが綺麗な塗装になる。
- 塗装対象とスプレーをある程度離して薄く塗っていかないと気泡が出来やすい。
- 乾燥までにホコリがつくとくっついてしまうので、なるだけホコリのない環境で塗装する必要があるが、これがなかなか難しい。室内だと臭いし、塗料の飛沫が周囲につくので難しい。そこで屋外で塗装するが、この時に地面から高さを稼ぐとホコリを避けやすい。机の上を新聞紙でマスキングするなどすると良い。私の場合、自作の野鳥の餌台(高さ約1m )を利用している。
- 乾燥までの時間は気温により大きく変化する。ただしドライヤーなどで熱すると溶剤が沸騰してザラザラになったり質感が変化したりする。冬場なら日光に当てるぐらいでもかなり乾燥時間が違う。
今回の Digna はトップカバーに刻印(文字入れ)がなく、ガラス窓もついていないためマスキングも必要なく簡単であったが、他のカメラではかなり難易度が上がると思われる。ホコリや気泡、垂れなど難しい要素が多く、素人ではなかなか完璧に仕上げるのは難しいので、このようなリフレッシュはありふれたカメラで、外観がかなり悪い個体に限って行いたいと思っている。
まとめ
ここで紹介した2台のカメラは、西側・東側の違いはあるが同時期(1955年頃)に発売された、やはりどちらも廉価版のカメラである。しかしその内容は大きく異なり、沈胴機構にしても一方は円筒、もう一方は四角柱で、材質も Digna がほぼすべての部分が金属製であるのに対し、Perfekta II は徹底的にプラスティック製である。どちらも3速のシャッターを備えるが、ピント調整ができるのは Digna だけである。一方、Digna はシャッターチャージが手動で多重露出防止機構も備わってないのに対し、Perfekta II はセルフコッキングであるから多重露出は防止される(巻き上げないとシャッターが切れないため)。レンズはトリプレットの Digna に対し Perfekta II は単玉であるが、Digna でもポピュラーな最廉価版はほぼ同じ明るさの単玉である(ただしピント調整はできる)。重量は材質の違いにより、Digna の 439g に対し Perfekta II は298g と軽い。
沈胴式カメラは蛇腹とは異なり、沈胴部分の重なりを確保しないとならないことから、(1段伸縮型では)伸ばしたときの奥行きに対して縮めたときの奥行きが半分を切ることが出来ない。具体的には、Digna : 69mm (伸長時 93mm)、Perfekta II : 68mm (伸長時 91mm)と大差ないが、Digna の廉価版はより薄めであると思われる。いずれにしてもスプリングカメラほどには薄くならないことが分かる。