CONTAX T
2006年6月

- 画質にこだわった高い仕様のレンズが備えられ、伝統あるブランド名が与えられていた。
- 主に金属製の、高級な外装を有していた。特にチタンが用いられたものが多い。
- シャッターと兼用の絞りではなく、より円形に近い開口形状が得られる絞りを備えていた。
これら高級コンパクトカメラは、京セラが発売したコンタックスT2に始まると言われている。確かにこのカメラは上の条件を全て満たしており、また商業的にも成功したロングセラーであった。またこの後、雨後の竹の子のように高級コンパクトカメラが発売されたのはやはりこのT2の衝撃があったからと思われる。具体的には、ニコン35Ti, 28Ti やコニカヘキサー、ミノルタTC-1, リコー GR1 / GR21 / GR1s, さらにはライカまでミニルックスやCMを発売するなど大きな盛り上がりを見せていた。また京セラ自身も、単焦点の後継機種T3以外にズームレンズを備えた TVS / TVSII / TVSIII など、パイオニアとしての風格を存分に漂わせていた。だがこれら一連の「Tシリーズ」の長男Tは、認知度こそ低くないものの、商業的にはT2ほどには成功せず、大きな流れを作り出すには至らなかった。
解説動画
概要

この「コンタックスT」は、後の高級コンパクトカメラとはやや仕様が異なる。特にAFではなく距離計連動(レンジファインダ)のマニュアルフォーカスであることと、自動巻き上げでなくレバー巻き上げであることの2点が大きい。しかしこのような仕様を備えるTを理解するには、時代背景を抜きにしては語れないだろう。
Tが発売された1984年はまだ、一眼レフカメラではAFは一般化していない。かろうじて F3AF が前年に発売されていたが、あくまで特殊用途のための変わり種という位置付けを脱していない。一眼レフにおいてAFを普及させるきっかけとなったミノルタα7000は翌年の1985年の発売である。だが、AF時代の気配がいよいよ高まりつつあった時期であると思われ、一眼レフに関するAF待望論と不要論がかまびすしく議論されていたようである。それに対しコンパクトカメラでは大きく状況が異なり、1977年にジャスピンコニカが発売されて以来7年が経過しており、各社からAF機種のラインアップが出そろい、コンパクトカメラでは既にAFはあたりまえ、という時代となっていた。
そのような、非常に微妙な時期にこのコンタックスTは発売された。今から見ると、「古い時代のものだからAFではない」という認識になりがちだが、これは少々違うのではないかと思う。むしろAF化する前にコンパクトカメラでは主流であった距離計連動カメラの復刻的存在であったと思われる。しかしだからといって他に例がないわけではなく、1979年のプラウベルマキナ67やオリンパスXA、1981年のミノルタCLE、1983年のフジカGS645Professionalなどとその後継機・兄弟機が販売されていた時代である。つまり、距離計連動式カメラが1960年ごろから一眼レフカメラに主流の座を追われ、続いて1980年前後のAF化によりコンパクトカメラからも消えつつある中で、距離計連動式カメラがマイナーでありながらも「こだわりのカメラ」としての地位を模索する時期であったと言えるのではないだろうか。
マイナーとはいえ、上に上げたような個性的な(また今日でも人気を誇る)距離計連動式カメラが世に出た背景には、やはりAFに関する問題点や抵抗感があったのではないかと思われる。またこの点が、まさにこのコンタックスTをして現在も価値あるカメラたらしめていると思われるのだ。
AFコンパクトカメラを使って撮影すると感じる不満の1つが、ピントが合ったという確信を持てないことにある。これはよく言われていることだが、しばしば勘違いされていることもあるようだ。自分でピントを合わせたいからMFを使うのであろうと。しかしこれは間違いである。AF一眼レフカメラのように、思った場所にピントが合っていることが視認できれば、AFの問題のほとんどは回避できる。もし大きくずれているのであれば合わせ直せばよいし、マクロ撮影では適当なところにフォーカスロックしてから若干体を前後させて合わせるという方法も使える。だがコンパクトカメラでは、ピントが思った場所に合っているかどうかを確認する手段はほとんど提供されない。カメラによってはピントを合わせた物体までの距離を表示できるものがあり、高級コンパクトカメラにはその機能を採用したものが多いことからも、コンパクトカメラのAFが問題視されていることの証拠であろう。しかし距離の数値を見てピントが合っているかどうかを判定するというのは、目測でピントを合わせるのとほとんど同じ技術を要する(大幅に外れていることを確認できるだけで大きな進歩であるが)。そのようなわけで、もしAFコンパクトカメラであっても二重像を備え、ピントが合うと像が一致するようなら大歓迎なのだが、残念ながらそのようなカメラは古今東西(少なくとも実用に耐えるようなものは)存在しない。結局のところ現在まで、距離計連動カメラはほそぼそとその命脈を保っているわけだ。

ここでまた再び、1984年に立ち戻って見てみよう。この頃のカメラは主に、MF一眼レフカメラとAFコンパクトカメラであった。もちろん一眼レフカメラはコンパクトカメラに比べかなり大きい。ではAFコンパクトカメラはというと、こちらも比較的大きなものであった。現在売られているAFコンパクトカメラのほとんどは沈鏡筒を備えており、電源を切るとレンズがボディの前面まで下がるものが主流である。しかし当時のAFコンパクトカメラは技術の問題によりそのようなものはほとんどなかった。ではAFコンパクトカメラが出る前の状況はというと、ミノルタハイマチックやキヤノネット、ヤシカエレクトロなど距離計連動や目測式のコンパクトカメラが多く売られていたが、そのほとんどがやはり固定鏡筒であった。そうなるとどうしてもレンズ部分が突出し、収納に難があるのである。しかし当時はAFや露出計、距離計の連動など機能の拡充に対しコストダウンが重視される時期であり、それらの障害となる沈胴式はほとんど採用されていなかった。
そのような状況の反動は、もっと大きなカメラでも出ていた。先に述べたプラウベルマキナ67やフジカGS645である。これらはどちらも蛇腹を備え、畳んで小さくすることが出来た。このような蛇腹式折り畳みカメラはイコンタやマミヤシックスのように戦前に登場し、1950年代までは主流の一角を占めていた形態であるが、1960年以降急速に見られなくなる。その理由は、密着焼きから引き伸ばしへと写真の鑑賞方法が変化したことで小型カメラ(35mm カメラ)が普及したこともあるが、露出計の連動やセルフコッキングの問題も大きいと見られる。


さて、このようにわざわざ沈胴式にして小型化を図っていることそのものはありがたいことだが、やや小型化に走りすぎて操作部がかなり小さくなっていることにも気付く。なにもここまで押し込まなくても良いだろう、という気もしてくる。単に沈胴式距離計連動カメラを高級に仕立てるだけなら、こういう作りでなくても良いのではないか。しかしこのボディサイズの決定の裏には、意外な仮想敵がいたのではないかと私は考えている。その仮想敵とは、ローライ35だ。


ローライ35とコンタックスTを子細に比べていくと意外なことに気付く。ローライ35の幅に対しコンタックスTの横幅は98mmと、1mm 小さい。さらに、写真では背が高く見えるコンタックスTだが、高さに関してもローライ35よりも1.5mm 小さい 66.5mm となっている。ローライ35は底部に巻き戻しクランクやアクセサリシューがあり、またトップカバーにも巻き上げレバーやシャッターボタン等の突起物があるので、これを入れるとローライ35のほうが僅かに背が高いということになるようだ。さらに厚みは 32mm で、これはローライ35よりも遙かに薄い。そのうえ蓋がついていてレンズとファインダの保護までなされるという美点もある。底蓋と裏蓋が一体となって取り外せ、それによって小型化の障害となるフィルム交換スペースの問題を回避する、アイディアも大変似通っている。

他にはレンズもそうだ。ローライ35は通常モデルのテッサー 40mm F3.5 の他に、ゾナー 40mm F2.8 を備えたローライ35Sというモデル(ここに掲載している機種)がある。このコンタックスTもゾナーを搭載しているが、焦点距離は 38mm F2.8 とやや短く、設計も異なる。ゾナーをコンタックスTの厚みに収まるように沈胴させるのは簡単ではないはずだ。その証拠に、コンタックスTを収納するとレンズの後ろの遮光布がフィルムに接するのではないかというところまで後退してくる。そもそも蛇腹を用いず、レンズシャッターでありながら沈胴させるということそのものがローライ35に近い。フォーカルプレーン式シャッターに比べ、レンズシャッターは沈胴部の隙間も完璧に遮光する必要があり、さらにボディとの連携部分も増えるため、技術的には小型化が難しいのにもかかわらずだ。

ローライ35は全て目測式カメラであるが、このコンタックスTは連動距離計を備えている。これは沈胴式とする際に複雑さを増す。さらにコンタックスTでは測光素子もレンズのそばにあり、フラッシュの調光にも用いられる。操作した感触では前玉回転式かと勘違いしそうなフォーカシングは、もちろん全群移動式だ。絞りは7枚羽根と数が多く円形に近い形状を保つし、シャッターブレードも(自動露出コンパクトカメラのほとんどが採用する2枚羽根ではなく)5枚羽根となっている。よくこれだけ小さいところに詰め込んだなと感心するほかない。
ファインダはもちろん中央に距離計のための二重像のエリアを持つが、その周囲にはブライトフレームが浮かぶ。これも、よくあるアルバダ式(反射式)ではなく採光式のブライトフレームとなっているため、アイピースから入射する光により視野がギラギラすることもない。自動露出のコンパクトカメラでは省略されることの多いシャッター速度表示も、3段階とはいえ備わっているのは親切である。

そして、もう1つの仮想敵として考えられるのは、オリンパスXAだ。このカメラ(1979年発売)も、大いにコンタックスTの仕様決定に影響を及ぼしていたと考えられる。まずサイズに関しては、実は思ったほど変わらない。一見Tのほうが大きいように思えるが、実はXAは幅に関してはTよりも4mmも大きいのだ、また畳んだ状態の厚みもTのほうが 8mm ほど薄い。これは、XAでは沈胴式ではなかったために仕方がない点であろう。だが高さは逆にXAのほうが 2mm 小さい。なお重量は、XAに対しTは金属外装であるため重いが、225g に対し 270g とさほど違わないとも言える。なおよく誤解されているが、コンタックスTの外装はチタンではなくアルミ製である。
撮影機能としては、距離計連動式のピント合わせ機構、絞り優先のAE、+1.5段の逆光補正と組み込みセルフタイマー(赤いランプが光るのも共通)、35mm近辺の F2.8 のレンズ、などなど共通点が多い。

それよりももっと影響を受けたであろう点は、XAのクラムシェルコンセプトである。XAは、スライドカバーを畳むとレンズだけでなくフォーカス部やファインダー等が隠される。当然シャッターはロックされる。Tの前蓋は同様の役割を果たすことを意図して設計されたのではないか。他には、良く似た位置にあるフィルム巻き上げ機構であるが、XAのノブ式に対しTはレバー式である。しかしこれも当初はノブ式で計画されていたものという。そうして見てみると、シャッターボタンに目立つ色を与えたというのも影響を受けた点かもしれない。
このようにコンタックスTはXAを良く研究し、XAを上回る事を1つの目標として設計されたように思われる。実際、ほとんどの点でTのほうが優れていると考えられるが、数点XAのほうが良い部分もある。1つはファインダ内のシャッター速度表示がTでは3段階のみであるところ、XAでは1秒〜1/500秒までの1段刻みの表示をアナログ指針が指すという方式である。また、使用時にバリアが邪魔になるTに比べ、XAのほうが各操作部材が大ぶりで操作しやすい。

そしてコンタックスTとオリンパスXAを比べたときに最も似ていると思われるのは、フラッシュの装着方法である。どちらも左手側に、ボディが延長されたように装着される。最初からボディもフラッシュも、お互いに組み合わされることだけを考えて設計されているし、そのために使い勝手が良い。XAのフラッシュは絞り値F4に同調するような外部調光方式だが、コンタックスTのフラッシュはどの絞りに設定しても正しく調光される優れものである。リチウム電池が普及していない時代のものであるため少々大きいことはやむを得ない(単3電池が2本入る)が、ガイドナンバーは14とコンパクトカメラとしては強力である。なおXA用の A11 は単3を1本のみ装着するが、別に単3が2本入るタイプもあった。

もっとも、カメラの形から見ていくと、コンタックスTのメカニカルデザイン発想の元になったのはミノックス35(1974年)であろうと思われる。蓋の開き方、左右対称のデザイン、沈胴機構、裏蓋の外し方など、類似点は多い。またミノックス35を使うとどうしても感じる、ピント合わせの不安と絞り形状による像の乱れを解決したカメラ、というコンセプトには頷ける。要するにコンタックスTは、ミノックス35、ローライ35、オリンパスXAの良いところ取りをしようとしたカメラと言えるだろう。
さて、それでは、Tの魅力は「小さな距離計連動カメラ」という点に尽きるのか?実はそれも間違いである。先に述べたように、高級コンパクトカメラの条件として、きちんとした絞りが備わっていることが挙げられる。これは絞りを開けて撮影したときのぼけの滑らかさに、また絞りを絞ったときには回折による像の乱れの均質性に関係する大変重要な事項である。オリンパスXAを使用していて最も惜しいと思うのは、せっかくの絞り優先式じどうろしゅつカメラでありながら、絞りが2枚羽根という点である(開口形状はほぼ正方形を保つので、シャッター羽根兼用のプログラムシャッターほどには歪んだ形状ではないが)。また同様に、1970年代に多く見られた距離計連動EEカメラのほとんどは同様に2枚羽根シャッターである。もちろんレンズの設計やブランドも大事であるが、ここが個人的にはTの隠れた美点だと思う。
この大きさ、重量でピントがきちんと確認でき、丸い絞りが自由に設定できるカメラは他にないと言ってほぼ間違いないと思う。過去を紐解いてみれば、ライカ等の距離計連動カメラに沈胴レンズを装着したものや、レチナ・コンテッサ・ヴィテッサなど、35mmカメラはそもそも小ささにこだわったカメラだった。1950年代後半以降、35mmカメラは機動性を重視する分野のカメラとして一眼レフ等で用いられるようになったが、もとはミニチュアカメラの一種なのだと思う。しかもいずれも、小型でありながらより判の大きいカメラに負けない描写を実現しようと努力を重ねたものばかりである。その意味で、あまり売れずにひっそりと販売を終了したコンタックスTは、35mm カメラの主流そのものであり、究極の 35mm カメラの1つだと思うのだ。