フランスとチェコのスプリングカメラ
2017年6月

現在、もっとも多くのカメラを製造している国は日本である。それは1960年ごろ、ニコンやキヤノンを始めとする国内メーカ製の35mm一眼レフカメラがプロからアマチュアまで広く用いられるようになってから、それらがデジタルカメラに置き換わった現在まで続いている。それではその前はどうかというと、カール・ツァイスやライカを擁するドイツがカメラ工業の中心であり、現在もこれらのブランドは最高級カメラの代名詞である。それではその他の国は?というと、上記2カ国に比べると規模は小さいが、様々な独自性を持つカメラを製造する国々があった。
日独を除くと、まず筆頭に上がるのは最大のカメラ消費地である米国であろう。特にコダックは、最大のフィルムメーカーであったとともに、そのフィルムの消費を促進するために多彩なカメラを製造してきた。エクトラやメダリストなどの例外を除くと、大衆向けの低廉な機種が多いことが特徴である。また英国にもホートン・エンサインやロス、ダルメイヤー、テイラー・ホブソンなどの知られたカメラ・レンズメーカのほか、感材メーカのイルフォードなど、規模は小さいながらも著名な企業が存在する。東側ではソビエト連邦や中国で、ドイツ製高級カメラのコピー製品から廉価な入門用カメラまで、多種多様なカメラが製造されてきた。
それらに比べ、他の国における光学産業はさらに規模が小さいものとなる。しかし、小さいながらも独自性の高いカメラを製造販売し、その名を馳せてきたメーカが多いのも確かである。ここではそのうち、西側からフランスの、また旧東側圏からチョコ(チェコスロバキア)のカメラを紹介することにする。
テルカ III(フランス:デュマリア・ラピエール製)
カメラ産業においてもっとも影響力の高いフランス企業というと、最高峰の三脚で知られたジッツォだろう。また、レンズメーカであるアンジェニューは、広角レンズの設計様式を表す「レトロフォーカス」なる用語(もとは同社の商標であった)により、その名を歴史に刻んでいる。しかし何と言っても、写真技術発祥の地であることを忘れてはならない。1827年にニエプスが発明した露光技術をダゲレオが発展させた「
ダゲレオタイプ」技術をフランス政府が買い上げ、パブリックドメインにしたことで世界中で写真技術が急速に広まることになる。しかしそれらの功績に比べ、カメラ本体のメーカというと、現在、これといってよく知られたメーカがないのが実態である。

ここで紹介するのは、デュマリア・ラピエール (Demaria Lapierre) 製の69判スプリングカメラ、テルカIIIである。このカメラは同社の最高峰のカメラであり、他の69判スプリングカメラにない幾つかの特徴を備えている。1つは、 距離計内蔵ファインダ(一眼式距離計)と多重露出防止機構を併せ持つことである。69判の距離計連動スプリングカメラというと、ドイツ製のスーパーイコンタとベッサIIが二大巨頭であるが、前者は距離計とファインダが分かれており(二眼式)、後者は多重露出防止機構を持たない(他にこの2つを兼ね備えた69判スプリングカメラとして、エンサイン・オートレンジ820が挙げられる)。
もう1つの特徴として、レンズの焦点距離が短い、すなわち広角よりであることが挙げられる。レンズは Sagittar 95mm F3.5 であるが、同名でありながら2種類の構成があると言われている。初期のものは4群4枚の形式で、後にテッサー型の4群3枚になった。この個体は後者のようである。

カメラの背面には、ファインダの覗き窓のほか、フィルム巻き上げ時に用いる赤窓があり、その蓋に "MADE IN FRANCE" と表示されている。なお、69判スプリングカメラには自動巻き止めを備えたカメラがほとんど(全く?)なく、よって赤窓が必ず備わっている。左手側に巻き上げノブとシャッターボタンがあり、その手前に多重露出防止機構と連動した巻き上げ前後を表示する窓がある。右手側のボタンは前蓋を開く際に用いる。

テルカの外観上の特徴としては、梨地などのマットな仕上げではなく、メッキの磨き上げ仕上げのようになっている点が挙げられる。しかし、優美な曲線を描いたトップカバーや、レンズの部分だけを突出させ、なるべく薄型となるよう気を使った前蓋などに、フランスの美的感覚が息づいているように感じられる。細かいことだが、前蓋に付いたスタンドは、180度回して横置き時に用いるほか、90度起こした位置でも止まるようになっており、縦置きすることもできる点はなかなか気が利いている(バランスがよくないので転倒に気をつける必要はある)。
写真ではわかりにくいが、テルカは多くの69判スプリングカメラの中では幅も狭い方である。

試写を行った。やはりどうしても左右端は中央部よりも甘くなるが、流れなどはなくまとまった描写である。69判ともなると風景撮影は絞り込んで撮影することも多いはずで、またフィルムの浮動などを考えるとそうすべきであるとも言える。

新しく入手したカメラはたいてい、近所の「いつもの神社」で試写する。他の69判カメラでほぼ同じ方向を撮影した写真が見つかったので、画角を比べてみた。といっても神社内での立ち位置が異なっているので、画角はほぼ無限遠とみなせる山並みの形から判断することとする。比較対象は多くの69判スプリングカメラに搭載されているテッサー105mmF4.5なので過不足なかろう。比較の結果、画角は約4%ほど広いことがわかった。テッサーの焦点距離が正しいとすると、テルカのレンズは100mm程度ということになるが、もしかしたら初期型の4群4枚のレンズであれば本当に95mmの焦点距離であったのかもしれない。
ちなみに、イコンタにも焦点距離95mmのレンズを搭載した、通称「マウンテン・イコンタ」なるモデルがあるそうである。

前ピンになってしまったが、ぼけも穏やかで使いやすいレンズであると言えそうだ。
ミローナ II(チェコ:メオプタ製)

こちらはチェコ(旧チェコスロバキア)・メオプタ製のスプリングカメラ、ミローナIIである。メオプタというと国内ではもっぱら、フレクサレット等の二眼レフや35mmレンジファインダーカメラのオペマが有名である。ミローナは、コダック・レチナと同様のタスキ型の折りたたみ機構を持つ点も特色といえるが、特にこのII型ではレンズを少しだけティルトできる機構を持つ点がユニークである。ティルトを行うには、レンズボード上面のノブを横にずらす。

ノブを最初の位置に置いたときと、反対までずらしたときの動きを示す。ご覧のように可動量は僅かである。角度にして1度程度であり、近接撮影時にはほとんど効果がないと思われるが、遠景では効果が見いだせるかもしれない。シャインフリュークの法則における、像面と合焦面の交点はカメラの下方約 4m の位置となるため、地面から4mの高さにいれば、斜め下を見下ろした構図において地面全体にピッタリ合焦させることができる計算となる。

メカニズムは大変簡潔で、前面のレンズボードの裏側にもう1つ、実際のレンズボードがあり、下方の軸(下方の赤丸)により回転するようになっており、上方のノブ(上方の赤丸)により少し前後方向に回転する。青丸で示した部分(左右2箇所)を抑えるとカメラを畳むことができる。

このカメラは6x6判・6x4.5判兼用であるため、赤窓も2つ備わっている。ファインダは単純な透視式である。

幸いなことに、このカメラには 6x4.5判用のマスクが失われずに付属していた。薄い金属板をゲートの左右にはめ込むことができる。裏蓋の内側にはレバーがあり、これを上下に動かすことで、裏蓋の赤窓の一方を塞ぐことができる。マスクをカメラ内部に装着しているかどうかを忘れやすく、撮影中は確認する手段がないので、このような機構が備わっている。

フィルムゲートは内側に溝が切ってあり、そこにマスクがはめ込まれるようになっている。

試写結果である。下方へのティルトは、主に風景撮影において、画面下方の近距離物体と、画面上方の遠距離物体の双方にピントをあわせる場合に利用できる。その他、今回の例のように建物を見上げて撮影する際に、建物の上から下までにピントをあわせることにも利用できる。被写体から4.5mほど離れたときに、ノブを一杯に動かすとちょうどである。このとき、レンズのピント合わせ(前玉回転式)は画面の上端までの距離をセットするのが適切である(レンズが、画面下方にある軸を中心に、前に倒れるように動くため、画像としては、画面上端のピント位置を変更しないまま、画面下方が前ピンになる方向に画像が変化する)。
この撮影例では屋根の上の飾りと、画面下方とにピントが合っている。しかしレンズの収差が大きく、口径も小さいため、いくつか試写したところでははっきりした効果を得ることが難しかった。

ティルトを用いずに撮影した例である。3枚玉ゆえか、画面端は中央よりも甘くなってしまう。せっかくのティルト機構だが、その可動量が小さいことも合って、このレンズでは活かすのが難しいという結論になりそうだ。
その他の国のカメラ
スウェーデンにはハッセルブラッドがあり、中判一眼レフカメラでは業界標準的な地位にあった。また、スイスにもアルパやジナーなどの超高級機メーカがある。イタリアにも幾つかのカメラメーカがあるが、中では自動二輪で知られるデュカティの小型カメラが有名である。