被写界深度とボケの大きさ

大口径レンズなら、大きなボケを得ることができる。それは確かだけれど、細かな部分になると、いろいろと誤解もあるようだ。そこで、ここでは「被写界深度とぼけの大きさ」について、数式を使わずに解説した。特に力を入れるのは、以下のような「誤解」の解消だ。 ただしこれらはいずれも「被写体を同じ大きさで撮影するとき」という条件での話である。

最初にこの記事の要点をまとめると、以下のようになる。

以降、これらを図を用いて説明していく。

背景のボケの大きさ

背景をぼかして省略したり、夜景の点光源を丸くぼかした「玉ボケ」で背景を彩ったりしたいときに大口径レンズがよく使われる。でも、思ったほど背景がボケないと感じたことはないだろうか?その原因の多くは、焦点距離の不足である。いくら明るい(F値の小さい)レンズでも、焦点距離が短ければ背景の強い省略は難しい

点光源から発した光について考える。光は、その点から四方八方に広がっていくが、遠くから見るとそれは平行光に見える(太陽からの光が平行光とみなせるのと同様)。そのため、レンズに飛び込む光は円筒形をしており、その円筒の直径はレンズ口径になる。図では仮に、これを20mmとした。

次に、近くの物体にピントを合わせてみよう。近くにピントをあわせるためにはレンズとセンサの間の距離を広げるが、簡単のため、センサを後ろへ下げる場合で作図した。このとき、ピントが合ったところに置いた点光源や物差し(赤線・赤点)は、もちろん画像上にシャープに写る。そして、この物差しの脇を通る無限遠からの光(円筒)はセンサ上でぼけて写るが、この図からわかるように、このボケの直径は「被写体のところに置いた物差し」で測ると、レンズ口径に等しい。この図では、20mmとなる。あくまで、センサ上の実サイズが20mmということではなく、「合焦距離においた物差しで測ると」20mmである、ということに注意して欲しい。

上の写真は、ほぼ同じ距離から遠方の点光源を背景にして定規の写真を撮った例である(元写真から同じ大きさでトリミング済み)。500mmF8の場合は若干理論値よりも小さいが、レンズの絞り制御にこのぐらいの誤差はままあることである。200mmF8の場合は理論値ぴったりであった。なお 500mm F8 で撮ったときの元写真(EXIFデータ付き)はこちらで確認できる。

ともあれ、この簡単な法則さえ知っていれば、何の計算もすることなく、様々な場面で ボケの大きさを見積もることができる。例えばポートレート撮影で上半身を撮影するとき、画像内にだいたい1mの範囲が写るだろう。このとき、いくら高価な28mm F1.4の大口径レンズを開放絞りで使ったところで、ボケの半径はたった20mmにしかならず、不満を感じることも多い。このとき、被写体まで約80cmという、とても近い距離から撮影しているのに、だ。それに対し、例えば安価な「ダブルズームレンズキット」などにありがちな70-300mm F5.6 レンズなどを望遠端で使えば、53mmもの大きなボケを得ることができる。ただし焦点距離が長い分だけ、同じ大きさで被写体を撮影するには、被写体からかなり離れて撮影しなければならない(約8mになる)。

のちに述べるように、焦点距離を伸ばし、かわりにF値を大きくするほうが被写体まわりの被写界深度が深くなるため、モデルをくっきり写しつつ、背景を大きくぼかしてつぶすメリハリのある画作りになりやすい。また、パース効果による被写体の歪(顔であれば、鼻デカ、顔デカ)も抑制できる。背景をぼかしたければ、F値を小さくするより、焦点距離を伸ばすほうがずっと経済的で、効果的である。

対象物体に近づき、近接撮影するほどボケが大きくなるということはよく知られている。スマートフォンの小さなレンズでも、ごく近くを撮影すると背景はボケる。これは被写体の大きさに対してボケが大きくなっているのではなく、被写体を大きく撮影しているために、ボケもそれに応じて大きくなっているだけに過ぎない。なので、被写体に寄るかわりに、被写体から離れて撮影し、一部をトリミングして拡大しても同じ大きさのボケを得ることができる。遠景のボケの、被写体に対する大きさは口径だけで決まるからである。パース歪は後者の撮影法のほうが小さくなるので、画作りの上で有用な知識である。

被写界深度

よく、焦点距離が短いほうが被写界深度が深い、と言われる。確かにこれもあながち間違いではないが、被写体の大きさが決まっている場合(被写体を同じ大きさで撮影する場合)は正しくない。それを解説したのが上の図である。

F値が同じ50mmレンズと100mmレンズでそれぞれ、モデルを同じ大きさで撮影した場合のことを考える。このとき、100mmのほうが望遠レンズなので、その分離れて(倍の距離から)撮影することになる。このとき、被写界深度はまったく同じになる。なぜなら、100mmのレンズの口径は50mmの倍であり(口径=焦点距離/F値)、距離も倍なので、画像センサ上の1点に集まる光の「円錐」の形が同じ(相似)になるのだ。そして、この円錐内に置いた点光源は、それがどこであっても、この合焦点にぼけて重なる。つまり倍率が同じ場合、合焦距離のすぐ前後の物体のボケ(被写界深度)は、F値だけで決まるのである。

上の写真は、焦点距離と立ち位置を変えながら同じ倍率で(つまり被写体を同じ大きさで)撮影したときの例である。ボケの大きさがわかりやすいよう、ストロボを直射して撮影した。口径食などの影響はあるものの、おおむねすべての写真で、前後の物体のボケ方がほぼ同じであることがわかるだろう。焦点距離は4倍以上異なるので、被写体からカメラまでの距離もそれだけ大きく変化させたが、そのような違いはあまり感じられないのではないだろうか(よく見ると、焦点距離の短いレンズほど、後ろの物体がより小さく、手前が大きく写っていることがわかる。広角レンズのパース効果、望遠レンズの圧縮効果という)。元の写真はこちら(120mm, 200mm, 500mm)。

私は画像処理を専門としているので、よく「奥行きのある対象全体を鮮明に捉えたいのですが、焦点距離を伸ばして遠くから撮るほうがいいのか、それとも短いレンズで近くから撮るのがいいのか、どちらですか」と質問されることがある。その答えは「どちらでも同じ」である。照明の明るさとシャッター速度の制約からこれ以上絞り込めないとなると、F値が決まる。そうすると上の図のように、焦点距離を伸ばそうが縮めようが、効果がないのである。

このことは、広角大口径レンズの難しさとして現れる。私自身その昔、高価な28mm F1.4レンズを思い切って購入したが、そのあまりの難しさに手放してしまった。前述のように遠景がぼけにくいだけでなく、被写界深度が大変に薄いのである。要は背景がごちゃごちゃなのに、まつげにピントを合わせると瞳がボケる、みたいなことが起こる。逆にファッション分野、たとえば衣服の通販のためにモデル全身を撮影するような場合は、300mm以上の超望遠レンズで、とても遠方からモデルを撮影するのだという話も聞いたことがある。販売したい衣服はできるだけシャープに描写しつつ、商品から気を逸らせる原因になる背景は大きくぼかしたい。そうなると、焦点距離が長いほどよいのである。実際にそういう撮影をすると、モデルと会話が難しいぐらいの距離になることがある(全身を撮るには15mほど離れる必要がある)が、それも必要なことなのである。

被写界深度とボケの関係

ここまで読むと「被写界深度とボケを区別して話しているけど、同じものではないの?」という疑問が湧くのではないだろうか。確かに、どちらもレンズによるボケが生み出すものだが、実はこれを区別することそのものが、意図した写真を生み出すキーになるのである。

このグラフは、遠方の物体がどれだけボケるのかを被写体上で測った、いわゆる「みかけのボケ量」を計算したものである。倍率は1/10倍、つまり50mmレンズでは被写体から500mm(50cm), 100mmレンズでは1000mm(1m)離れて撮影した場合について計算した。横軸は合焦距離(被写体のあるところ)を0とし、そこからの相対距離である。右に行くほど遠方になるが、図でわかるように100mm F2のほうが50mmF2よりもボケ量が大きい。また、これらの曲線は無限遠に向かって、それぞれレンズ口径である50mm, 25mmに漸近している。繰り返しになるが、無限遠景のボケ径は、レンズ口径に等しくなる。有限距離はそれより小さくなるが、レンズ口径がそれを決める主要因であることにはかわりない。

次に示すグラフは、上のグラフとまったく同じものだが、被写体付近(赤枠内)を拡大しただけのものである。

図から、合焦距離(横軸の0)でボケ量が0になり(シャープに写る)、さらにその点の周囲のV字型の形は、50mmF2と100mmF2とでほぼ同じであることがわかる(合焦距離から離れるに従い、徐々に差が開くが、被写界深度に関係する、物体のすぐ前後ではほぼ一致する)。これが、被写界深度(シャープに写る範囲)とボケ(遠景の省略の度合い)との間の関係の実態である。被写体のごく近くで被写界深度が一致するからと言って、遠方のボケ量も同じということにはならないのだ。なお、このグラフの条件(倍率1/10倍)での被写界深度はわずか±6mmである(許容錯乱円径を1/30mmとした場合であるので、現代のデジタルカメラの基準からするとこれでも甘い)。

繰り返しになるが、これらから、以下のことが言える。いずれも、被写体を一定の大きさで画面内に収める場合、という条件での話である。

昨今の大口径広角レンズの作例を見るとわかるが、これらで撮られた写真は、合焦距離から前後に離れると急速にぼけるが、そのボケはすぐに頭打ちになり、距離が離れていっても増えていかない。カメラから被写体までの距離を基準にして、さらに2〜3倍離れたところから遠方は、ほとんどぼけの大きさが変化しなくなってしまうのだ。

最近、広角〜標準の単焦点レンズの大口径化・高性能化が進み、デジタルのライカやミラーレスカメラにそれらをつけて写真撮影を楽しむ方が増えている。それ自身は否定しないが、往々にして、極端な被写界深度の薄さと、中途半端なボケからなる「違和感のある写真」を単に「エモい」と言っているだけのように感じられる。パンフォーカスな写真しか撮れないスマホと画角が大差なく、SNSでは高画素数・低ノイズなどの画質も伝わらないので、せめてどこかに違いのある写真でなければ高い機材がもったいない、という思いもあるだろうが、その高価なレンズを主張し、ひけらかしているだけのようにも見える。センサやノイズ処理の高性能化により高ISOでもノイズが出にくくなり、フィルム時代のように「暗いので、やむを得ず」大口径レンズで撮影する、というような必要もないはずである。写真の基本はあくまで「見せたいものを克明に写しつつ、見せたくないものを省略する」ものである、ということを再認識したい。

実写例

野鳥を撮影するときはおのずと超望遠レンズを用いることになる。この例ではテレコンバーターを用い、700mm F9で撮影した例である。F9というと、標準域のレンズでは適度に絞り込んだときの絞り値であり、前述のように被写界深度はそれと同じになる。実際、被写体のメジロと桜の花が適度に被写界深度に収まっている。一方、レンズ口径は80mm近くになるので、遠景は完全に塗りつぶされた状態になっている。

フルサイズカメラでの、50mm F6.3での撮影例である。エントリークラスのズームレンズであるため、この焦点距離では開放F値がF6.3と暗めだが、これ以上ぼかす必要性は感じられない。人間の目の瞳孔径は暗いところで大きく広がったときに6mm程度と言われており、標準域ではそれに近いレンズ口径にすると自然な描写になる傾向がある。

ポートレートのかわりに獅子舞の写真。自然の背景を程よく残しつつぼかすために200mm F8で撮影した(使用したレンズが28-200mmズームレンズのため、そもそものF値も大きい)。背景のボケの割に被写界深度が深いので、獅子舞の手前側の毛の部分から、奥の刀までシャープに描写されている(動きのある対象のため、ぶれによる甘さがある)。歴史ある神社の舞台の柱も良い感じに描写されている。強い逆光のためトーンカーブのみレタッチしてある。

シグマ製の 150mm F2.8 マクロレンズでの撮影例である(F3.5 で撮影、若干トリミング済み。クリックでノートリミング画像表示)。マクロ撮影ではどうしても被写界深度が浅くなってしまう。対象を大きく拡大して写す上では、宿命的な制約である。それを少しでも緩和しようと、焦点距離の短いマクロレンズを使用する人もいるが、無駄である。同じF値、同じ倍率なら被写界深度が同じだからである。パースの付き方や、レンズによる影の発生などを考えると、適度に焦点距離が長いほうが使いやすい。絞り込んでもあまり被写界深度が深くならないため、そこは割り切って、一番シャープネスを強調したいところにピントを合わせれば良い。ただしマクロレンズといえど、開放から少し絞り込んだほうがシャープネスは向上することが多い。