ニッコールを搭載した改造レチナ
2002年5月

まず1つ目は、ボディーレリーズ。これはレンズ側に装着されたシャッターボタン(ノブ)ではなく、ボディ側に備わったシャッターボタンによりシャッターを切ることが出来るもので、自然に操作ができる、カメラに負担がかかりにくい、というだけでなく、カメラを持ちやすいためにぶれにくいという利点もある。
次は、セルフコッキング。多くの折りたたみ式カメラでは、ボディ側でのフィルム巻き上げと、レンズ側のシャッターチャージ(シャッターのバネに力を蓄える)とを別個に操作せねばならない。これは単に、操作が2つになって煩わしいだけでなく、撮影ミスも誘発する。フィルムを巻き上げずにシャッターを2度切ると二重写しになってしまうし、逆にこれを恐れてフィルムを巻き上げたらそのコマにはなにも写っていなかったと言うことがある。これは慣れと習慣(撮影したらすぐに二つの操作を行う)の問題ではあるけれど、面倒かどうかという以上に、それに精神力を消費してしまう、もしくはストレスのもとになる、というのが最大の問題だ。
最後は、距離計の連動。レンズとフィルムの間の間隔(距離)を大きくするほど近くのものにピントが合う、これは光学の基礎ではあるけれど、このレンズとフィルムの間の距離を距離計へ機械的に伝達するのが難しい。だから昔は「非連動距離計」といって、距離計で測って得た距離を、レンズ側の距離目盛りへ写すという作業を要するものもあったけど、これをするぐらいなら目測のほうが素早くて良いぐらいだ。しかしこのメカ的連動が如何に難しいかは、ツアイス(イコン)のイコンタの例を見れば分かる。このカメラでは、機械式に連動させるのがイヤなので、光学連動式距離計を多用していた。すなわち「ドレイカイル(回転プリズム)」という凝った光学系を使っていたのだ。
ともあれ、この3つの機能が全て備わることで、使い勝手としてはライカなどの折り畳むことのできないカメラと同等になる。ゆえに私はこの「ボディーレリーズ」「セルフコッキング」「連動距離計」の3つを勝手にひとりで「フォールディングカメラの3種の神器」と呼んでいるぐらいだが、とにかくこれら全てを兼ね備えたカメラというのはそんなに存在しない。

これは、他のカメラと比べても非常にエレガントに、おそらくはもっとも上手に、その機能を達成していると思う。同等の機能を備えているカメラとしては、国産ではアルコ35オートマットやマミヤシックスオートマット、さらにはもっと時代が下ると、プラウベルマキナ67やフジカGS645のように露出計の連動まで達成している機種もあるが、こと頑健さに関して言えばレチナが最高だ。
では数あるレチナの各タイプの中ではどれが最も良いか?というと、これまた独断と偏見ではあるが、このレチナ IIa が最高だろう。というのは、トップレバー、すなわち軍艦部の右手側に普通の巻き上げレバーが備わっていること(しかもこのカメラはあのライカM3に先駆けること3年、1951年発売のカメラなのだ!)、基線長が長いこと(IIIC はファインダ倍率が高いかわりに基線長が短い)、距離計の二重像が比較的大きいこと、そして後のモデルよりコンパクトで引き締まっているためだからだ。ライカなどと比べても、キャップを必要としない(閉じるだけでOK。距離計連動式カメラで犯しがちな失敗の代表である、キャップの取り忘れの心配がない)で、シャッター幕の焼けの心配もなく、気楽に使うことが出来る。よってここでは「トップレバー」「蓋付き」と「連動露出計」を新三種の神器とさせていただくが、レチナはこの2つまでも備えている。
そういうわけでいいことづくめなのだが、しかしレンズが悪くては元も子もない。しかし幸いにレチナの標準装備レンズはどれも定評があり、以下の Schneider-Kreuznach Retina-Xenon 5cm F2(なんの資料も見ずにこの綴りが書けるというのも病気の1つ)は、かのライツのズミクロンと並び称される名レンズだ。

そもそも、この企画を思いついたのは、知り合いからもらった1通の連絡だった。「大阪の、さるアマチュアショップを名乗るカメラ店に、ニッコールの付いたマミヤのカメラがある」。へえ、それは変わってるな、そういえば古いマミヤシックスにはいろいろなメーカのレンズのついたバージョンがあるし、バックフォーカシングなので付け替えもしてくれたそうだし、・・・と思ったのだが、そうではなかった。もっと時代を下った、1960年代の距離計連動カメラらしい。とにかく面白そうなので、購入してきてもらうことにした。Kさんありがとう。


このカメラは故障も多く、また今風に言えばOEMとして供給を受けていたカメラであったことから品質や評価が低く、あらゆる意味で不遇のカメラであったが、それに付けられていたこの専用レンズもまた不遇のレンズである。後の「ニコレックスズーム」に取り付けられた 43-86mm レンズが、性能は低いながらもFマウントに装着されて長期間販売されたのに比べると対照的だ。このレンズは Nikkor-Q 5cm F2.5 であるが、この Q から分かるように4枚玉のテッサータイプ、明るさはテッサー型としては異例の F2.5 の明るさで、105mm F2.5 や 35mm F2.5 などと同様に他ではあまり見かけないF値というのが面白い。
さて、このレンズがなぜマミヤに取り付けられたのか。これは想像の域を出ないが、少なくともニコンにはニコンS型のような「高級フォーカルプレーン式距離計連動カメラ」は存在したのに、キヤノネットやオリンパス35、ミノルタのハイマチックのような「廉価版レンズシャッター式距離計連動カメラ」が存在しなかったのが大きな動機になったのだろうという気はする。手持ちのニコレックスが壊れてしまったがレンズは気に入っていたから、というのもあり得るが、それでレンズを付け替えようなんていうことにはなかなかならないのではないか。
ではどのようにして取り付けたのか?ニコレックスはマミヤに生産を委託しており、その関係で実は寸法が同じだからくっついた、私は最初、そう考えていた。なるほど、考えてみれば一方は一眼レフ、もう一方はRFだけれども、どちらもレンズシャッターだからなあ。・・と思った時点でそういえばレンズシャッターには標準規格があり、大判レンズ等では同じシャッターユニットを使って様々なバリエーションが作られていることを思い出した。 調べてみると、当然というか、ニコレックスとマミヤ、どちらのカメラも00番シャッターを採用している。なるほど。・・そういえばレチナも#00だったなあ、それにちょうど 50mm だし、と思ったのがいけなかった。
さっそくレチナの前玉をネジって外し、このニッコールを入れてみる。おお、すんなりねじ込まれていく。共通規格万歳!・・あとから考えればあたりまえのようではあるが、しかし、国産シャッターに組み込まれていた国産レンズが、10年も前のドイツ製カメラにそのままくっついてしまうというのはやはり驚きであった。これだけでは面白くないので後玉も外して入れ替えてみるとこちらもOK。やった!これで究極の折りたたみ式ニッコール搭載カメラが出来る!と舞い上がったのだった。
実際には、前玉の後部形状が若干異なるため、ニッコールをきつくなるまでねじ込むとシャッターの動作が怪しくなる。また、後玉も最後までねじ込むかどうかよく分からない感じ。幸い、テッサー型は前半と後半の間隔で焦点距離が大きく変わるため、この調節で無限遠を調整することにする。まず、前玉はシャッターが正しく動作するところまでギリギリまでねじ込み、緩まないように輪ゴムを隙間に巻き付けて固定する。ここは見えないようにフィルムケースを薄く切ってはめ込んでおいた。次に後玉の調整だが、これはフィルムアパーチャ(フィルムが露光される部分)のフィルムゲートに磨りガラス(一眼レフカメラ用のスクリーン)を置いて、ピントを確認しながらこまめに調整する。うまく無限遠が出るところでロックタイトのようなもので緩まないように固定する。
この作業により無限遠は正しくピントが合うようになるが、近距離では焦点距離の誤差によって距離計との連動にずれが生じる恐れがある。そこでこちらは軍艦部を開けて、距離計の調整機構によって調整した。これによりどの距離でも十分満足出来る程度にピントが合うようになった。幸いなことに、調整が全て終わった時点で蓋もちゃんと閉じる。ただし絞りは、もともと F2 までのレンズが装着されていたところに F2.5 のレンズを装着したため、このニッコールではシャッターの内径全てを使っているわけではないものの、半段ぐらいずれる点には注意しなくてはならないが、実用上はあまり問題ない。ともあれ、これで自分だけのカメラが完成した。
実は同時に、Schneider の装着されたマミヤ(機種名不明。あまり興味がないもので)も完成しているはずであるが、調整はしていないし、このカメラでは1枚も撮影していない。ちょっと、残念だし申し訳ない。
さて、早速試写してみよう。

このカメラはその後、あちこち旅行に連れて行き、いろいろな写真を撮った。グアムの海の夕景も気に入っているし、たった1カットだけ撮った知人のポートレートもプリントして差し上げたら喜んで貰えたみたいだ。カメラを知っている人が見たら、ちょっと驚かれるカメラだけど、そういうことは気にせず普通に使って満足出来るところがまた気に入っている。