斜面をゆっくり転がるタイマー

ポイント

コンセプト

oscilloglassという機械式砂時計の動画を見た。機械式時計に使われる脱進機と同様の機構を持っているが、バネではなく自重をエネルギー源にして動くものである。機械式時計のメカニズムは3Dプリンタで作ると大きくなり、また精度も出にくい上、摩擦も大きくて動作時間が短いなど、時計として実用的なものを作るのが難しい。その点、この oscilloglass はタイマーなので長時間動作や高精度は求められないし、樹脂では良いものが作れないゼンマイバネも不要である。似たものを作ろうと思ったが、調べると強力な特許が出願されており、「上下を反転させて脱進機を動かすもの」なら抵触するような書きぶりになっている。この発想や商品化への熱意を尊重したいということもあり、同様のものは作らずに、ちょっと違う路線でタイマーを作ってみようということで、この斜面時計を作った。

そうはいっても全くの新発想というわけではない。古い変わり種時計を調べていると「斜面時計(inclined plane clock)」というものが見つかる。これは斜面を転がる時計の自重をエネルギー源として動作するもので(内部に別途、ゼンマイを持つものもあるかもしれない)、斜面に円筒が置かれているのに転がり落ちてしまわないというおもしろさもある。1週間ほど動作するものが多いようだが、やはり3Dプリンタでは難しいので、同様の発想でタイマーを作ってみることにした。

斜面を円筒が転がり落ちない原理は簡単である。上図のように内部には重りが入っていて、「起き上がり小法師」のように直立しようとする。斜面に置くと少しだけ転がって傾くが、重心(上図の赤点)が斜面との接触点の真上(点線上)に来たところで力が釣り合うので、転がり落ちずに止まることができる。このとき、おもりは斜めになるが、これを脱進機で少しずつ下げていけば、上図左の状態になり、重心が右へずれるために円筒が少しだけ下へ転がり落ちる。そうするとおもりが(時計内部で相対的に)左上へと上がり、そのエネルギーで内部の脱進機が動作するというわけである。

設計

時計ほどには長時間動作は求められないが、ゆっくり動くほど面白いので、できるだけ脱進機のテンプを大きく設計した(テンプは大きくて重いほど遅くなる)。普通のレバー脱進機ではテンプとガンギ車は別の軸に配置されていて、その間にアンクルというレバーが配置される。しかしこれではテンプもガンギ車も小さくなってしまうので、この設計ではこれらを同軸に配置した。この構造はアンクルの軸に斜めに力がかかってしまうという弊害があるため時計では避けられているが、あまり小さな部品を作ることができない3Dプリントに対しては、ガンギ車を大きくでき、歯数を多くすることもできるというメリットもある。おもりの自重をガンギ車に伝える部分については、できるだけ単純構造にして摩擦も減らすという観点から遊星歯車的な設計となった。

外側のケースに対して内部の脱進機が回転するという機構としてはトゥールビヨンが有名である。これは時計の姿勢差による誤差を避けるための機構であるが、このタイマーでは外部の円筒が回転しても内部の脱進機を重力に対して一定の角度に保つという逆の働きを持つ。内部の代わりに外部が回転するという点でも逆になっているが、運動の相対性という点では同じである。言い方を変えるとトゥールビヨン機構の内部の重量バランスを崩しておもりをつければ同じタイマーが設計可能である。

おもりは上図灰色部分のケースにパチンコ玉を詰める構造にしたが、果たして自重で本当に転り落ちずに斜面上にとどまり、脱進機も連続動作できるものになるかどうかは作ってみるまではわからなかった。時計の分野では脱進機には定番設計が存在するが(ガンギ車の歯数やアンクルの爪石の角度など)、それとは外れたメカを1から設計したということもある。また、タイマーの持ち時間を設計上で合わせ込むのは難しいものだが、ざっくりと1周2分ぐらいになるといいな、と思って設計したらちょうどそのようになった。ヒゲゼンマイを弱くしたり、テンプを重くしたりすればもっと持ち時間を長くすることもできるが、そのぶん摩擦などに影響を受けやすくなる。滑り止めには輪ゴムを用いたが、もっと確実に斜面との間の滑りを止めたい場合を考えて外周にギザギザをつけ、ラックギアに噛み合わせることもできるような構造にして完成させた。

作成

組立方法の動画を上のように作成した。部品点数は少ないのでさほど組み立ては難しくないが、3Dプリンタにありがちな表面のガタガタなどをなめらかにしないと安定に動作するものにはならない点には注意する必要がある。利用するには結構長い斜面が必要で(1分あたり20cm)、オモチャの域は出ないものであるが、人気の脱進機機構がカチカチと音を立てながら円筒が徐々に降りていくという面白さのあるものはできた。位置エネルギーなどの物理法則の教材にもなるかもしれない。例によって3DデータとプログラムはThingiverseInstractablesで公開している。