電池で動く永久カレンダー付きの時計

ポイント

コンセプト


複雑時計(コンプリケーション)機構の1つである永久カレンダー(パーペチュアルカレンダー)を備えた掛け時計を約1年前に作成した。その後正常に動作しているが、1つ心残りの点があった。実はこの時計、当初は通常の時計のクォーツムーブメントを用いて設計したのだけれども、メカが複雑で掛かる力が大きく、ムーブメントがトルクに負けてしまってうまく動かないため、やむなくステッピングモーターを用いるように設計変更したのである。そのため使用時に電源の配線が必要で、また時間の精度も少し低い。一旦はクォーツムーブメントでは無理、という判断をしたのだけれども、最近ふと、設計を改良すれば動くのではないか・・という気がしてきたので、再挑戦してみることにした。


ムーブメントの内部構造

いろいろなメーカーがアナログ時計を作って販売しているが、実はそのメカ部分には、ぼぼ間違いなく上の写真と同じような汎用の「ムーブメント」が利用されている。その大きさや取り付け方には業界標準的なものがあるようで、中身の歯車の配置などはいろいろだが、外寸はどれも58x58mmぐらいに揃っていて、中央の取付軸の太さも同じになっている。ただ、今回は負荷が高いことがわかっているので、100円ショップの時計から抽出したムーブメントではなく、大きな針を動かすための「ハイトルクタイプ」のムーブメントを購入した。実際にどのぐらいトルクが強いのかはわからないが、確かに中身のコイルには大きめのものが使われているように思われる。


時針の軸の側面を削り、中央の取り付けネジも短く加工

実際には、モーター部分のトルクだけではなく、時計合わせのためのクラッチの滑りが影響する。この手のムーブメントの裏側には時刻合わせのための小さなノブがついており、それを回すと(秒針のついているものでは)秒針は動かずに分針と時針だけが回る。要するにモーター・秒針と、分針・時針の間に力をかけると滑るバネじかけの部分(上の写真で、金色の歯車にバネがついている部分)があり、ここをずらすことで時刻合わせができるのだ。実際、時計の針に重り(ネジのナット)をつけてトルクを測ってみると、分針のところで 20gf・cm ほどのトルク(軸から10cm離れたところに2gのおもりを付ける程度ならなんとか動く)しかなく、それより重くすると滑って針が逆回転する。ただ、最終的にカレンダーを動かす24時間針のところでは計算上、500gf・cmほどにトルクが増大するので、設計変更すれば動かすことができるように思われる(このハイトルクムーブメントであれば、あるいはもとの設計のままでも動くかもしれない)。

時針から動力を取り出すため、上の写真のように時針の軸を削って歯車をはめ込み、滑りを防いで確実に力が取り出せるようにした。また中心の取り付けネジもカットして短くしてあるが、これも軸から動力を取り出すために必要となる。

設計


輪ゴムを用いた従来設計のメインアーム

前の設計でパーペチュアルカレンダー機構そのものはうまく動いているため、大幅な設計変更は不要だが、かかる力はできるだけ軽くしたい。そこでまずは、メインアームに使用している輪ゴムを取り除くことにした。輪ゴムは経年劣化で弱くなっていき、最後には風化して切れてしまうので、そのような劣化要因を減らしたかったということもある。上の図のように、メインアーム(緑色のアーム)には2つの輪ゴム(赤線で表示)が用いられていた。1つがアームを元の位置に戻すためのもので、もう1つは日付を進めるラチェットギア(日付を進めるノコギリ状の歯のついた歯車)に爪がきちんとはまり込み、外れないようにするためものだ。


紫色が従来の設計の部品

そこで今回、上図のようにそれぞれ両端に重り(weight)をつけられるようにした。ただし、右の重りが重いと爪がラチェットギアに引っかかってアームが戻らなくなるため、左の重りをかなり重くしなければなくなる。しかし、右の重りを軽くすると日付を進める途中でラチェットギアから爪が外れてしまう事があるので、重りに頼らずにラチェットがはずれないようにする必要があった。そこで図中1にあるように、メインアームに組み込んだちょうつがいの位置を右上へずらした。こうすることで、ラチェットギアの当たり面に対して爪が食い込む方向に力が働くようになり、結果的には右のweightには重りを追加しなくても3Dプリントの自重だけでよくなった。

ただそれだけではまだうまく動かなかった。曜日を進めるためのラチェット機構である図中2の部分で、メインアームの爪が曜日のラチェットギアに乗ったまま降りてこないという問題が起こった。バネを弱くして乗り切ることも考えたが、回転軸から離れているために掛かる力が弱く、どうも調整が難しい。そこで曜日を進めるメカは完全に設計変更することにした。24時間針(下部中央)から左下の歯車を経由して間欠歯車機構により曜日を進める。

その他にも何点か設計変更した。前の設計ではメインアームは徐々に上昇した後、また徐々に下降する(そうしないと、輪ゴムが強いので戻るときに大きい音を立てるし、耐久性にも悪影響がある)。それに対し今回の設計では図中3にあるように24時間針の部分の卵型カムの片側を削り、12時にメインアームが一気に復帰するようにした。これにより途中で引っかかってアームが戻らないという事故を防ぐことができる(ラチェットギア部分でひっかかりにくくなる)。また、各部の位置決めバネ(図中4)も長さを伸ばして弱くした。これによりバネのヘタリも防ぐことができる。ただし、バネを弱めるとそれぞれの針の位置決め精度は低下する。そこで、プログラムホイール(右上の複雑な歯車)も形状を変更して、メインアームの突起が戻ってきたときに叩かれて位置精度が高まるようにした。メインアームの先を三角形に尖らせておき、これがプログラムホイールの凹になったところを叩くことで位置ずれが補正される。冒頭の動画でも、針が1月のところから少しずれていたのが叩かれて位置合わせされる様子が見て取れる。

組み立て


組み立てガイド動画

前の設計から、前面にはネジの頭が露出せず、また文字盤を貼り付けた後でも分解整備できるような設計になっている。部品点数もできるだけ減らしてあるし、各部品もサポートなしで印刷できるため、複雑な割には組み立てが簡単な時計になった。ただし今回はかかる力が弱いので、少しでも引っかかりがあると動きに影響がある。歯車の表面がなめらかになっているかなど、よくチェックしてから組み立てるほうがよい。


ムーブメントがツライチに収まっている時計の背面

前の時計はステッピングモーターが背面に飛び出していたし、マイコンも取り付けられていたが、今回の時計ではうまくムーブメントが背面パネルに収まり、ツライチに仕上がった。そのため、普通の時計に比べて厚みがあるといったこともない(普通の時計では空洞になっているムーブメント脇の文字盤の裏に、歯車などが詰まっているということになる)。

前回と同様に、サブダイヤルが3・6・9・12時の位置にバランスよく配置されていること、すべての針が当然ながら時計回りに進むこと、スケルトン構造で中身の機構がよく見えること、各針を手動で回してカレンダーを合わせられ、操作容易なことなどの美点を引き継いでいる。例によって3DデータとプログラムはinstructablesThingiverse, Printablesで公開している。