組立不要ラチェットドライバー

ポイント

コンセプト

ここのところ少し、3Dプリント入門用の簡単なもの、しかし3Dプリンタならではの構造のものを設計している。3Dプリンタならでは、というのは、少し構造が複雑でありながらプリントするだけでよく、組立不要なもののことだ。世の中にあふれているプラスティック製品はほとんどが射出成形と呼ばれる金型を用いた成形方法で作られており、型から抜き取る関係であまり複雑なものは作れない。特に入口が小さいのに内部空間が大きく広がっていたり曲がりくねっていたりするものは不得意である。それに対して3Dプリンタは、オーバーハング部分が作りにくいなど3Dプリンタ特有の制約はあるものの、内部が複雑なものは作りやすい。前回の単3・単4電池の自動分類ストッカーもそのような例といえる。そこで今回は複数の部品が組み合わせられ、プリントが終わると組み立てが完了しているようなものを作ってみた。

僕は工具が好きで、ホームセンターにしろ100円ショップにしろ、ついそういうお店に行くと工具コーナーを物色してしまう。特にドライバー関係にはそそられるものがあり、切替式なのに普通のドライバーと全く同じ細い軸と使い勝手のSWITZTOOLや、最近人気の電ドラボールなどは特に気に入って使っている。そこで今回、ドライバーハンドルを作ってみることにした。ただし普通のハンドルでは面白くないので、ラチェット式(一方向にはロックされ、反対回りでは空回りする機構)のドライバーを作ってみた。しかも狭いところで使いやすい薄型の「スタビー」と言われるジャンルのものである。ネットで調べてみると、3Dプリンタ用のドライバーハンドルのデータは多く、なかにはラチェット式のもの、さらには組立不要なものもすでに存在する。しかしそれらはどう見ても頑丈さに難がありそうだったり、空回りが重そうだったり、造形が不安定そうなものばかりだ。そこで今回、新発想でちゃんと実用になるラチェットハンドルを設計した。

設計

3Dプリンタで一体成型し、内部の部品が脱落しない構造とする(つまり2つの部品をバラバラに出力してから組み立てることは出来ない)。3Dプリンタではオーバーハング部分の造形が不安定なので、このような場合、円錐のように徐々に広がる形状とすることが多い。そこで今回、逆回転防止のラチェットギアを円錐状にした。また、普通のラチェット機構では逆回転を阻止する爪状の部品が内部で動くようになっているが、今回の設計にはそれがない。外筒の内側が内部の円錐とぴったりはまる形状になっており、それらがはまるとロックされるようになっている。内部の部品が造形時の位置(ちょうど中心)にあると空回りする。なぜこれでいいかというと、ドライバーは回すときにネジへ押し付けられるためである。しかも、「押す力と回す力の比は7:3がよい」とよく言われるように、押す力はかなり大きいのである。よって、このような構造であれば、締め付け時に空回りすることはまずない。

円錐形にはもう1つのメリットがある。円錐を重ねて押し込むと精度良く軸が合うという特性があり、高い精度が必要な部品同士の締結によく使われるのもこの理由だ。この効果により、ドライバーをネジに押し当てるとガタツキがなくなり、使い心地が良い。さらに、少数の爪を用いたラチェット機構とは異なり、すべての爪同士が引っかかるために強度も高い。端的に言って、ラチェット機構部分が壊れることは想定しなくて良い構造になっている(ドライバービットを差し込む穴の強度が最も弱いだろう)。逆回転させるときには、押し付ける力を弱めるほど軽く回るという特性もある。摩擦の小さいネジではラチェット機構がうまく働かない(逆回転させるとネジも逆回転してしまう)ことがあるが、このドライバーでは力の加減でそれをかなり回避できる。

なおラチェットドライバーでは回転方向(締め付け・緩め)をノブやダイヤルで切り替える方式のものが多いが、このラチェットドライバーではビットを表裏で差し替えて用いることになる。形状としては上下が完全に面対称となっている。また、6角ソケットが細くて強度的に不安があるので、9.5mm差込角のソケットレンチも作成した。

今回は単純な形状のため、ふと思いついてから1時間ほどで設計、出力・確認してから細部修正(使いやすい大きさに適正化した程度)して完成した。就寝中などに出力するため平日夜の余暇2日しか要せず、これまでで最もお手軽なプロジェクトだった。

モデルが小さいため、家庭用の光造形式プリンタでも出力できる(上は Anycubic Photon で出力)。内部構造が透けて見えるので面白い。例によって3DデータはThingiverse, Printablesinstructablesで公開している。