ニコンのコンパクトカメラ

2001年5月初版
2025年7月改訂


左 : Nikon Zoom310 QD(メタルズーム), 右 : AF600 QD(ニコンミニ)

ニコン最初のコンパクトカメラは1983年に発売されたL35AFで、そのレンズにはニッコールの名称が冠せられていなかった。その後もほとんどのフィルムコンパクトカメラにはニッコールが搭載されず、例外は35Ti / 28Tiだけである。しかし、だからといってレンズの性能が低いわけではなく、初代のL35AFからして4群5枚の贅沢なレンズが奢られており、その性能は高く評価された。そして、その後のコンパクトカメラでも、世界最小・最軽量などの小型化が追求されつつも、優秀なレンズを搭載したカメラがある。ここではそのようなカメラを2機種、紹介する。

AF600 QD(ニコンミニ)


AF600 QD (ニコンミニ)は1993年発売当時、世界最小・最軽量のカメラであった。このカメラに 28mm F3.5の広角レンズが搭載された理由として、焦点距離が短いほうが近接撮影時の繰り出し量が小さく、薄型化に有利だったことが挙げられている。

このレンズの設計は3群3枚のいわゆるトリプレットで、この枚数の少なさも薄型化に寄与している。トリプレットは古くから標準レンズとして多く用いられてきたが、周辺部の画質が良くないものもあり、広角化には限界があると考えられていた。実際、コンパクトカメラのトリプレット型やテッサー型のレンズでは35〜40mm前後のものが多かったところ、このカメラの28mmレンズは良好な性能であったことから話題を呼んだ。アサヒカメラのテスト記事(ニューフェース診断室:1993年7月号)では実写の結果として「ほとんど絶賛に近い評価」との記述がある。またプロカメラマンがサブカメラとして利用していたことなどが知られている。3枚目のレンズに屈折率 1.8 に達するランタン重フリント系の高屈折低分散ガラスが採用されていること、ビハインドシャッター式でレンズ同士の位置決めにスペーサーを用いず,レンズのコバを用いてレンズ同士を突き当てる方法で組み立て精度を確保している点も特徴的である。詳細は設計者自身による解説を参照されたい。


1994.5.10付 総合カタログから。後述のZoom300 QDともども、世界最小・最軽量である。

このカメラはデート機構を裏蓋でなく本体側に搭載しており、これも小型化に寄与している。直列に並んだ7ドットの LED を用い,アパーチャ画面の脇の小窓から日時を露光する。フィルムを送りながらLEDを明滅させることで各ドットを順に焼き付けていく方式となっていて、字形は7セグメントではなくドットマトリクスタイプとなっている。また、パノラマ時にもちゃんと文字の入る位置がずれるようになっている。ただし、ニコンミニではパノラマ切り替えしたときにファインダ内表示に変化がなく、気づかずにパノラマモードになっていても気づきにくいという点には注意を要する。


ニコンミニの外装は無塗装樹脂だが、そのためかえって扱いに気を使う必要がない(ただし塗装によるカラーバリエーションも存在する)。外寸は108 x 62 x 32mm と小さく薄く、突起物もほとんどないためポケットに入れても違和感を感じにくい。本体重量は公称155g, 実測160gで、電池とフィルムを入れても200gに収まる。ニコンミニは最短撮影距離が 0.35m と短く、28mm の広角を活かした迫力のある構図での撮影も可能である。単焦点広角レンズで小型化を追求する設計は、その後の中級超小型単焦点コンパクトカメラ(フジ ティアラなど)に大きな影響を与えたカメラといえる。

解説動画

撮影例

その他の撮影例

Zoom310 QD(メタルズーム)


ニコンはズームレンズ搭載カメラでも世界最小・最軽量を狙い、実現する。それが1994年に発売された Zoom300 QD(ミニズーム)で、35-70mm F3.5-6.5の2倍ズームレンズを搭載していた。これにアルミ製の外装をかぶせ、小改良を施したカメラが Zoom310 QDである。重さは Zoom300 の 205g から 220g へと増加したが(実測223g)、大きさはともに 117 x 63 x 36mm で変化がなかった。AFセンサやファインダ光学系などメカニズムの配置も共通で、搭載されているレンズもほぼ同一であると考えられる。

レンズはなんとたったの4群4枚だが、それからは想像できないほどきちんとした描写性能を持つ。特に、広角側でも画面端まで流れなどが見られず、屋内撮影等の暗い状況でも自然な描写を保つ点は特筆に値する。しかし、レンズ設計(レンズ構成図や非球面の使用など)についての情報に乏しく、詳細は不明である。多くのズームコンパクトカメラが38mmからのズームレンズを搭載しているのに対し広角側が35mmであることや、F値が3.5-6.5と明るいことも特徴に挙げられる。広角側のF3.5は単焦点レンズに遜色なく、また望遠側のF6.5も一眼レフ用の小型ズームレンズに多いF5.6と半段も違わない。


左 : 70mm時、右:35mm時

AF600 は格納時にレンズバリアが閉じるのに対し、Zoom300/310 は保護ガラス(UVフィルタ)が固定されておりバリアはない。レンズ部分は2段繰り出し式の鏡筒となっており、ズームはシャッターボタン後ろの押しボタンにより操作する。後のコンパクトカメラではステップズーム(いくつかの焦点距離を飛び飛びにしか使用できない方式)になっているものが多いが、この機種は連続的に画角を調整できる。またフォーカシングにはズーム機構とは独立したメカニズムが用いられており、撮影時には鏡筒が全く動かず、保護ガラス内の小さなレンズユニットだけが前後してフォーカシングする。そのためフォーカシングに要する時間(タイムラグ)が短くなっている。


1995.3.1付 総合カタログから。

Zoom300/310 ではパノラマモードに連動してファインダ視野の上下がマスクされるようになった。そのため、気づかずにパノラマモードで撮影してしまった、というミスはファインダを覗いて撮影する限り発生しない。Zoom300 に対し、Zoom310 は外装のほか、使用できるフィルム感度の範囲が広がり(手動でISO 50 と 1600 に設定できる)、また最短撮影距離よりも近づいた場合にシャッターがロックされる機能がついた。

Zoom310 QD には2色のカラーバリエーションがあった。ここで紹介している個体はシルバー(明るい方)である。ただしこの色も、他のアルミ外装のカメラに比べ、暗めで落ち着いた風合いのシルバーグレーとなっている。iPhone や MacBook Pro などのアルミ外装の Apple 製品にはシルバーに加え、スペースグレイという色が設定されているが、これに明るさが近い。そのため写真ではどちらの色か判別しづらいことがあるが、機種名のプリント色(バイオレット:白、シルバー:黒)を見ると容易に識別できる。

なお、海外ではデート写し込み機構のないZoom310 AFも販売されたが、これはZoom300同様に黒色の樹脂外装となっており、パノラマ機能も省略されている。また製造国もZoom310 QD(日本製)と異なりインドネシア製となっているほか、フィルム感度 ISO50/1600の手動設定機能も省略されている

撮影例

その他の撮影例

2機種の特徴と比較

いずれのカメラもデート写し込み機構を持つが、ニコンミニに採用されたドットマトリクス順次露光方式の機構が Zoom300/310 にも搭載されており、裏蓋の膨らみがなく、薄型化(AF600 : 32mm, Zoom300/310 : 36mm)が実現されている。Zoom300/310 ではズームボタンも裏蓋でなくカメラ上部に置かれているため、裏蓋への配線がない。コンパクトカメラでは裏蓋への配線にフレキシブル基板が用いられているものが多く、これが断線して故障するものが多いが、これらの機種ではその問題は生じない。

これらのカメラではフィルムの搭載方向が変更されている。ニコンミニはライカやレチナ以来の伝統的な方式で、左手側にフィルムを装填し、右へ巻き上げていく。それに対しZoom300/310ではフィルムを右手側に装填するようになった。これは小型化のためにローライ35などで使用されている方式で、パトローネの軸の突出のため、カメラ底面から画面下辺までの距離が小さくできないという問題を解決する。また、巻き上げと巻き戻しのモーターを共用化し、フィルム巻き戻しの動力をカメラ底部で伝達するためにも有利な方式で(ニコンミニではカメラ上側へ巻き戻しの動力を伝達するために長い経路を持つ)、後のコンパクトカメラでは定番的な設計となった。

ニコンミニでは伝統的なフィルム装填方式を採用したために生じるカメラ底部のスペースをバッテリー室として利用している。それに対し、Zoom300/310 ではズームレンズ鏡筒の直径が大きくなっているため、バッテリーは左手側(フラッシュ側)の側方に装着されるようになった。ただしこの搭載位置ではレンズが右手側に寄ってしまい、グリップとレンズとの距離が短くなる。後のコンパクトカメラではバッテリー室を右手側に設けることでカメラを保持するスペースを確保する設計が定番化した。