イコライジングのすすめ

ポイント ピュアオーディオ界隈ではとにかく嫌われがちなのがイコライジングである.1980年代にはたくさんのスライダーが並んだ「グライコ(グラフィックイコライザー)」が流行り,ミニコンポシステムではそのチャンネル数が競われていたものだが,今は見る影もない.しかし,D級アンプをはじめとする高出力・小型・低発熱(高能率)のアンプが普及し,またデジタル技術が発展したことで,むしろ現代,イコライジングをしない手はない.

イコライジング技術について

1980年代に流行ったグライコはアナログ式である.内部には抵抗器・コンデンサ・コイルやトランジスタ・オペアンプがぎっしりと詰まっており,各周波数をフィルタ回路で選別し,それによる電圧の低下をアンプ回路で補うことで出力を得る.この手のイコライザには確かにいろいろな問題がある.まず,アンプが発するノイズが多かれ少なかれ加わってしまう.また,細かなグライコ(バンド数の多い,スライダーの多いグライコ)ほど1つのバンドの帯域幅が狭く,それだけ急峻なフィルタ回路を要する.急峻なフィルタ回路は回路構成が複雑となり,また,共振要素を持つことが多く,過渡特性を低下させる.

アナログ式のイコライザは,デジタルフィルタではIIRフィルタ (Infinite Impulse Response : 無限インパルス応答)に対応する.IIR とはざっくり言って,ある時刻の入力の影響が,その後無限に続くという意味である(減衰していくので実質的には無限ではないが).IIRフィルタは過去から現在までの電圧の履歴から出力を得るものなので,多かれ少なかれ出力が入力に対して遅れる.低周波数のバンドほど遅れが大きいので,聴感上区別がつくかどうかは別として,高周波と低周波での位相のずれも生んでしまう.

そのような問題があるため,スタジオ録音等はともかく,ピュアオーディオ界隈で嫌われるのも無理はない.しかし現在はデジタルの時代である.そもそも音源がデジタルであることがほとんどであり,そのデジタル段階で処理すれば,イコライジングによる音質低下は無視できる.デジタル処理ではノイズが乗ることはないし,バンド数が多いからと言って回路が複雑になるわけでもない.IIRフィルタの代わりにFIRフィルタ (Finite Impulse Response) を用いることで,全ての周波数で遅延時間を一定にすることができる(音楽では問題がない).

また後述するように,スピーカの低域不足を補うために簡単なフィルタ回路を追加する方法もある.この場合は増幅回路を含まないためノイズが増える余地がほとんどなく,音質の劣化も最小限で済む.こちらで説明しているようにバスレフ型や共鳴管・ホーン等の音響学的低音増強効果には問題が多く,低音のゲインと残響はトレードオフになる.それならイコライザで補ったほうがずっといい.

イコライジングの実際

後述するアナログ回路を用いたイコライジングの実例を示す.スピーカはこちらで紹介したフルレンジスピーカで,そのままでも割と低域まで出ているが,やはり小さなフルレンジタイプの限界もあるため,低音が相対的に小さく聞こえやすい小音量時の事も考えて,若干のイコライジングを試してみることにした.

青線がイコライジングなしの場合で,赤と緑がイコライジングを行った場合である.緑色はちょっと強調しすぎなのと,超低音領域のゲインもかなり大きいので(スピーカーの振幅が大きくなり底突きする可能性があるので),赤線のセッティングに設定した.この特性であればコントラバスの低音も十分に楽しめる.それでは他の特性はどうだろうか.

左は群遅延(group delay) で,バスレフ型など共振的なスピーカであれば大きな値となることがあるが,50Hz でも 10ms 程度でありまったく問題ないし,イコライジングによる悪影響ももちろんない.右は全高調波歪率(THD : total harmonic distortion) であるが,出力音圧で正規化されている(そのため,音圧の小さい低域はノイズフロアの影響でグラフが高くなっている.また 30, 40, 60Hz のピークは演算上の問題で発生したものと思われる).100Hz で0.2%程度と非常に小さい上,イコライジングによる悪影響もない.低域は音圧が上がっているため,ノイズフロアの影響が相対的に減少し,むしろTHDの値は低下している.

このようにイコライジングによる音質の低下は,音量の小さい領域ではまったくないと言って差し支えない.ただ,1点,気をつけなければならないのはコーンの振幅である.低音ではコーンの振幅が急激に増加する(音圧は加速度に対応するため,同じ音圧に対するコーンの振幅は周波数の2乗に反比例する).中高音の音量が小さいからと言ってアンプの出力を上げるとスピーカーが壊れる可能性がある.聞き取れる周波数帯(50Hz前後など)だけをイコライジングにより増強し,それよりも低域では増強しないのが望ましい.また,こちらで述べているように,バスレフ型の低周波数領域ではスピーカの振幅に対して音圧の低下が激しいため,イコライジングによる増強を行っても効果が薄く,スピーカにダメージを与える可能性があるのでおすすめできない.

イコライジング回路

ここでは電源を要しないイコライジング回路を紹介する.1つ目は低域を単に増幅するものである.

コンデンサは周波数が高いほど通過しやすいので,抵抗器とコンデンサを接続し,その間から出力を取り出すとローパスフィルタになる.ただしそれだけだと,カットオフ周波数(コンデンサのインピーダンスが抵抗器の抵抗値と同じになる周波数.グラフの曲がる周波数)より高域ではどんどん減衰してしまうため,もう1つ,上図の R2 を追加することでゲインを制限する.超低域ではコンデンサは開放と同じなので出力は入力と同じ,また超高域ではコンデンサは直結と同じなので出力は $\frac{R_2}{R_1+R_2}$となる.ゲインはその比となるため,上図($R_1=3500 \Omega$, $R_2=500 \Omega$の場合,ゲインは8倍である.また,低音の増強が始まる周波数(グラフ下側の屈曲点付近の、3dBの増強が得られる周波数)は $\frac{1}{2 \pi R_2 C_1}$ となり,計算上ほぼ100Hzである.この回路を挿入したときの,スピーカからの出力の周波数特性はこのページの冒頭の緑色の線で示したものである.

抵抗に全て半固定抵抗を用いたために聴きながら,または測定しながら調整できる.また,コンデンサには音質に悪影響があると言われるセラミックコンデンサを用いたが,スピーカ直近の大電力が加わる部分ではなく,アンプの前の小信号部分で用いているために問題はない.

ただしこの回路では低域が一律に増強されるため,中高域にあわせて音量を大きくすると,低域のコーンのストロークが非常に大きくなる(回路としては音量を小さくするようにしか働かないが,当然,実際に使用すると,中高域の減衰に合わせて音量を大きくしてしまう).可聴域より下でもゲインが上昇しているのが特に良くない.最大ゲインを抑制しているので法外に大きな出力が出るわけではないが,やはり8倍の電圧ということになると,電力的には64倍ということになり,出力に十分気をつける必要がある.そこで次に,低域の増幅率を制限する回路を製作した.

この回路では前段に,コンデンサと抵抗器を逆に配置したハイパスフィルタを設け,それにより特定の帯域だけを増強する(実際にはその前後を減衰させる)バンドパスフィルタを構成したものである.図に示すように増強する周波数は70-80Hz前後とした.実際にはもう少し急峻な特性としたいところだが,このような単純なCR回路では1次(6dB/oct)の特性になってしまう.

この回路を取り付けて周波数特性を計測した.緑色が元の状態の(イコライザーを取り付けない)スピーカで,茶色が取り付けた場合である.上の回路定数のとおりだとゲインが高すぎたので,調整した結果,80Hz前後を4dB程度増強する状態とした.この場合,80Hzを中心として高域だけでなく低域もゲインが低下しており,グラフが近接していることが分かる.2つの周波数特性の比を求めたのが右の紫色の線であり,シミュレーション結果とゲインの大きさを除き,ほぼ一致していることが分かる(40Hz以下は音圧が小さく,背景雑音の影響を受けてグラフが波打っているが,実際にはなめらかに減衰しているはずである).

大砲の大きな音でスピーカを壊すことがあるという,テラークの "1812年" には強い低音が含まれており,再生するとコーンが前後に振動しているのがよく見える.大砲の音は 38Hz あたりが中心のようだが,それよりも低域の成分も含まれているようで,コーンはもっと低い周波数で前後するのが見える.この動きを抑えるのがスピーカの保護には必要と思われるが,そのような超低周波数成分の影響はこのイコライザでかなり保護できる.この音源では,常識的な音量でもこれぐらい動いてしまうので危険なことには変わりないが..