軽量な目測66判カメラ:Dacora II
2016年1月

ダコラはドイツのカメラメーカだが、日本国内ではあまり認知されていないように思われる。ドイツ製のカメラは日本を含め世界中で人気があったとはいえ、全てのカメラが輸入されていたわけではなく、特に入門機は国内にも同等のカメラがあったこともあってあまり認識されていないものも多い。しかし高級機に比べ入門機には数多く作られる傾向があり、ダコラも
200万台程度の多岐にわたるカメラを製造したと言われ、相手先ブランドでの製造(OEM)も数多く手がけていたようである。
その中で、ここで紹介する Dacora II は、社名そのものを冠して発売された Dacora 120 の改良機である。仕様としては、スプリングカメラとして最もありふれた、目測により前玉回転式のトリプレットレンズをピント合わせし、赤窓を用いたフィルム送りを必要とするカメラである。ただし比較的小さくて軽く、テンポよく使用できるカメラであるので、ここでは兄弟機 Digna やフォクトレンダーの Perkeo I と比較しながら紹介する。
Dacora II について
Dacora 120 の系譜にあるスプリングカメラにはここで紹介する Dacora II とその前身の Dacora I の他に、より廉価版の Subita が存在する。Subita はボディ側にシャッターボタンを持たず、レンズシャッターそのものに指を伸ばしてシャッターをきる必要があり、それに伴い多重露出防止機構が備わっていない(ただしボディシャッターの Dacora でもレンズが Subita 銘のものもあり、少々ややこしい)。また Subita には、レンズやシャッターとしてもより廉価なもの(1群2枚の色消し単玉 Subita Anastigmat や、Singlo などの廉価版シャッター)が備えられているものが多い。それに対しこの Dacora II は、上の写真から分かるようにボディ側にシャッターボタンがあり(よって、前蓋の裏側などにリンク機構が備えられており、シャッターボタンの動きがレンズシャッターまで伝えられるようになっている)、さらに多重露出防止機構も備えられている。

上の写真はトップカバーを外したところで、多重露出防止機構が見えている。巻き上げノブ(写真では取り外されている)の裏に植えられたピンが2本のレバーを動かし、シャッターボタンの溝からレバーを解除する。シャッターボタンを押すと、その後、溝にレバーが落ち込むことでシャッターが押せなくなる仕組みである。レバーが前後の2本あるのは、巻き上げノブを少なくとも半回転以上回さないと解除されないようにするためであろう。
Dacora のスプリングカメラでユニークなのは、前蓋の開き方である。上の写真では、左寄りにある黒い穴に前蓋を開くボタンが刺さっており、これを押下すると蛇腹の上のフックが外れ前蓋が開く。このボタンはトップカバーの上では、ちょうどアクセサリシューのすぐ前に頭を出しており、一見するとアクセサリがシューから前へ抜けるのを防ぐための突起のように見えるが、これを押し込むと前蓋がぱっくり開くのである。タスキの作りは良く出来ており、シンプルだがスムーズに動き、レンズ台座の部分(いわゆる鳥居)はしっかりと固定される。

この個体に装着されているレンズは、ミュンヘンの Enna が製造した Ennar 7.5cm F3.5 で、トリプレット型のレンズのようである。ただし戦後のカメラであり、比較的しっかりとコーティングされている。シャッターはバルブに加え 1/25〜1/200 秒の4速に切り替え可能な PRONTO が備わっており、手持ち撮影には過不足ない。

Enna 製のレンズを備えたカメラを並べてみた。左は連動距離計・レンズ全群繰り出し・自動巻き止めなどを備えた Balda の高級機、
Super Baldaxであり、中でもトップモデルには3群4枚のテッサー型、 Ennit 80mm F2.8 が装着されている。中央のカメラは66判小型一眼レフの
Pilot Superで、レンズは Ennatar 7.5cm F4.5 でトリプレット型、前玉回転式である。戦前のカメラなのでコーティングはされていない。Super Baldax と Dacora II は大きさの面では大差ないが、Super Baldax は大型の0番シャッターと大口径レンズを備え、機能も豊富であることから重量はかなり異なる。
Perkeo I との比較

目測66判カメラとして人気が高い
Perkeo I と比較してみた。上の写真のように、畳んだ状態ではさほど大きさは違わない。計測してみると高さ・幅ともに数mmずつ Dacora II のほうが大きいが、重量は Perkeo I の 518g に対し Dacora II は458g しかなく、かなり軽量である。Dacora II はアルミダイキャストでできているが、素材そのものの比重が軽いことに加え、肉が不必要に厚くないことが奏功しているようだ。

前蓋を開いて並べてみると、Dacora II のほうが一回り大きく見える。Dacora II は前蓋が下に開くので、机の上に置いた時に前上がりにならないよう、ボディ下部に植えられた鋲の高さが高いのである。ただし撮影時は下方から左手で蓋の部分を支えることができ、ホールド感は Dacora のほうが好ましいように思われる。
このように並べてみると、巻き上げノブやファインダの大きさなども似通っており、デザイン上での大きな違いはファインダとアクセサリシューの位置関係が入れ替わっている部分だと言える。パララックスの観点では、レンズの前上にファインダがある Dacora のほうが有利である。Dacora II は軽量である割に F3.5 の明るいレンズを持つが、そのかわりカメラの内部状態を示すインジケータが備わってない。Perkeo I ではシャッターをきると窓の中の矢印が後ろを向き(フィルム巻き上げが必要であることを示す)、巻き上げると前向きの矢印(シャッターチャージが必要であることを示す)に切り替わるメカを持つが、Dacora ではシャッターボタンを押してシャッターが切れないのに気づいて初めて、巻き上げが完了していないことが分かる。

カメラの背面を比較したところ。厚みは Dacora II のほうが薄い(44mm に対し 42mm)。Dacora II はフィルムゲートがトンネル式なので、フィルム面の安定性は Perkeo I の直圧式よりも高いと思われる。品質は、経年変化や個体差を差し引いても Perkeo のほうが優れている。ただし現在の市価では、Perkeo の人気に対し Dacora は特に認知されていないこともあって遥かに安価で入手できる。
Dacora Digna との比較
Dacora は後に、蛇腹の代わりに沈胴型の鏡筒をつけた
Digna を製造する。そこで、ここでは Digna (オリジナルのトップカバーはシルバーであるが、この個体は後に黒色塗装したもの)と比較する。

トップカバーの造形や取付方法は非常に似通ってるが、よく見ると全体に形状は変更されている。Dacora は基本的に8角形(厳密には、蛇腹の外側からすぐに少し絞られているので12角形)であるのに対し、Digna ははっきりと12角形になっており、全体に丸みを帯びた造形である。

正面から見たところ。大きさはほとんど同じであるが、Digna では底面は平らになっており、足がつけられていない。

裏蓋を開けたところ。フィルムを受ける部分の形状などが変更されているが、基本的なコンセプトは同様である。シャッターボタンの位置が Digna では前進しているが、これは沈銅が伸ばされた時にちょうど、沈胴鏡筒後端に設けられたシャッターリンケージにかかるようになっているためのようだ。しかし Digna には多重露出防止機構は備えられていない。

Digna では赤窓の蓋が省略されている。トップカバー内のファインダ光学系には変更を受けていないようであった。
Dacora II 作例
カメラはまず、簡単なチェックをした後に試写をすることにしている。この Dacora II は比較的状態が良く、特にシャッターが好調でレンズもクリアであること、蛇腹の状態も非常に良いことからそのまま試写したが、フィルムゲートの右にあるローラーの動きが渋いことに気が付かずにテストをしてしまったため、フィルムに横方向のスクラッチが入ってしまった。

まずは遠景の撮影例で、F8 程度に絞って撮影した。トリプレット型のレンズだがさすがに戦後の設計らしく、絞って撮影したとはいえ、像面湾曲の影響をあまり感じさせない。コントラストもしっかりしている。

同じく遠景で、シャッター速度を 1/200 秒にしてF5.6程度で撮影した。
周辺光量落ちが見られるが、雰囲気は悪くない。

最短撮影距離(3.5feet)、開放絞りでの撮影例。シャープネスやコントラストは十分で、背景は口径食の影響を受けるものの、ぼけには輪郭が出来ずなめらかで、穏やかな使いやすい描写であると思う。

中距離(7feet前後)での撮影例。雰囲気のある力強い描写で、やはり周辺部まで破綻のない映りである。

コントラストもつきやすいので、遠景の撮影にも十分対応できる。第一印象ではペルケオ I のVASKAR 75mm F4.5 よりも良好な印象を持った。重さも軽く、コートのポケットに入れてもそんなに負担にならない。この後、ローラーの回転不良も修正したので、どんどん実用していけそうな感触である。