マーシャル プレス

2001年1月


マーシャルプレスの誕生

マーシャルプレス(1966年発売)は、ニッコールレンズを搭載した中判カメラ4種のうちでは最もマイナーな存在でしょう。しかしこのカメラは、あのマミヤ光機を築き上げ、ユニークな機構をもつ様々なカメラを生み出した人物である間宮精一氏が設計したカメラなのです。

そもそもマーシャル光学とは、間宮精一氏が顧問となり、このマーシャルプレスただ1機種を世に送り出したカメラメーカでした。どうも間宮氏は、自社製のレンズが気に入らなかった・・というような話も聞いたことがあります。ともあれ、間宮氏は自らが設計したこのカメラに、新設計のニッコールレンズを装着させました。それは、レンズシャッターを内蔵した NIKKOR-Q 105mm F3.5 ですが、この機種が変わっている点は、マミヤプレスに良く似た機構でありながら、レンズが固定式であったところでしょう。そのかわり2種類の専用フロントコンバータが同時に発売され、それを装着することで 135mm F4.7 もしくは 150mm F5.6 に変更することが出来ました。またボディのファインダ部も、最初からそれを想定した設計となっています。ただしこれらのフロントコンバータを装着した場合は、収差により軟調描写であったようです。設計上生じざるを得なかったレンズの味を、無理に意味付けしなくてもよいように思いますが、レンズの描写を変化させられるという点ではある意味 DC Nikkor に通じるものがあるといえば言い過ぎでしょうか。

マーシャルプレスの特徴


距離計連動機構(前から)

距離計連動機構(後ろから)

ズームファインダ

無限遠合焦時

繰り出し時
ボディの外観はマミヤプレスに良く似ていますが、これを少し左右・前後に太らせたような形状をしています。一見取り外せそうなフィルムバックは固定式で、取り外すことは出来ません。フォーカシングは、右手親指が接する部分に円盤状のダイアルが露出しており、これを親指で回す「サムフォーカシング方式」です。距離目盛は、ボディ右手側側面の窓から見ることが出来ます。

なんといってもこのカメラでユニークなのは、標準レンズ 105mm と、コンバータ 135mm, 150mm に完全対応するその繰り出し・ファインダ系でしょう。まずレンズを繰り出していくと、同時にファインダ内のズーム機構が連動することで、ファインダ画面の画角が狭まっていきます。同時にファインダのガラス面のすぐそばにある、フレーム枠が斜め下へ移動し、パララックスも補正します。つまり、視野角と視線方向を両方調整する、完全なパララックス補正が実現されています。

では、コンバータレンズをつけるときにはどうするのでしょうか。ボディ外面には、まったくそのような切り替えダイアルやノブの類は見つかりません。実は、レンズを繰り出していくと、自動的に対応レンズが切り替わるようになっているのです。シャッターボタン付近の ON/OFF ダイアルを OFF にすると、105mm の距離計連動範囲外へどんどんと繰り出せるようになります。そのとき、一旦パララックス補正のために斜め下へ移動したフレーム枠は元の位置へと復帰し、また距離計の二重像も一旦元の無限遠へと戻っていきます。ただし、近接時の画角の狭まりを表現していたファインダのズーム機構はそのまま連続的に狭まっていき、蛇腹の繰り出し量があるところへ到達した時点で、距離計とパララックス補正機構が無限遠へと復帰する、という仕組みになっています。この時点で、再びシャッターボタン付近の ON/OFF ダイアル(OFF にすると同時にシャッターをロックする)を ON に戻すと、今度は 135mm の無限遠の位置から105mm のほうへと蛇腹を縮めることが不可能となり、無限遠ストップが実現される仕組みです。

以後同様の操作をし、さらに繰り出していくと、今度は 150mm の距離目盛が距離スケール窓に現れます。この距離目盛は色分けされていて、現在どのレンズ(フロントコンバータ)に適合する位置であるのかが分かるようになっていますが、同時にファインダ接眼窓上ののぞき窓に、105, 135, 150mm の適合焦点距離が表示されるようになっています。

なお、蛇腹をどんどんと繰り出していっても、必ずしもコンバータを取り付ける必要はなく、そのままマクロ撮影の用途に用いることもできます。ただしこの場合、1m より至近では距離計が連動しませんし、また 0.6m より至近では距離目盛もなくなってしまいます。このような用途では、フィルムバックの裏蓋を開けて、ピントグラスと1枚取りの撮り枠が取り付けられるようになっています。

以上のような機能を実現するため、ボディ内は思ったよりも複雑です。右手側のボディ側面には、繰り出し機構とそれに伴う距離目盛表示機構があります。また、レンズの繰り出し量がそのままファインダ系が収められた上方エリアへ伝えられ、ここからチェーンが引かれており、これが距離計の連動を行います。繰り出し量に従ってパララックス補正(視線方向)も補正されます。またボディの反対側には、同様の繰り出し機構のほかに、シャッターボタンの動きをレンズのところまで伝達する機構がついています。またここからも同様にチェーンが上方へ引かれ、こちらはファインダの変倍(ズーム)機構を動かしています。上カバー内には、ズーム機構、距離計連動機構がありますが、ここに3つのレンズに連動させるためのカムがついており、距離計の角度は繰り出しに従って2往復半するようにぎざぎざのカムとなっています。

レンズの繰り出し機構は独特の形式であり、上部のバーと下部のカム・リンク機構の組み合わせでレンズ面の並行を保つ仕組みになっています。そのためボディの奥行きに比べ繰り出し量が大きく、なおかつレンズとフィルムの並行も正確に保たれます。

マーシャルプレスのレンズ

レンズの銘は NIKKOR-O に見えますが、よく見ると Q であり、これが4枚構成であることを物語っています。これはテッサー型のレンズで、コーティングはシングルコートです。シャッターはセイコーのものがついており、大判カメラのレンズのようにシャッター開放機構がついています。これは、フィルムバックにピントグラスを装着したときに使うものです。ただしこのカメラのフィルムバックは取り外せませんので、裏蓋を開けたところにピントグラスもしくは撮り枠を装着するようになっています。(そのため内部のフィルムゲートは取り外しが可能となっています。)

なお、同一焦点距離・F値のレンズとしては、ブロニカ用レンズシャッター内蔵レンズ、105mm F3.5LS がありますが、見比べてみたところこれらは同一の光学設計ではないかと思われます。発売はマーシャルプレスのほうが先なので、設計を流用した、もしくは余剰した部品や生産設備を利用してブロニカ用に仕立てたという可能性もあります。また、同仕様のレンズが大判用ニッコールの中でラインアップされていたときもあったということです。

さて肝心の試写の結果は、・・69判に、単なるテッサー型なんて、と思っていた気持ちを完全に裏切ってくれました。ニコンびいきの私が書いても説得力がないかもしれませんが、これは驚きのシャープさでありました。ISO100 の白黒ネガを 30X のルーペで見て、まず不満がありません。描写の雰囲気も上記の通りブロニカ用105mm に非常に似ていると思いました。また機構の危うさの割にはピント精度も出ているようです。ただ、まだ開放で遠景を撮ったりしていないので、周辺の画質に関しては未知数ですが、実用上は、非常にシャープと思ってよいでしょう。

マーシャルプレスのテレコンバージョンレンズ


装着前


装着中


装着後

マーシャルプレスのレンズは、ちょうどリンホフやホースマンのようにレンズボードに汎用のレンズシャッター付きレンズが組み込まれているように見えます。しかし実際にはレンズが固定式であることは上で述べたとおりです。そのためレンズの前に装着する専用の「フロントコンバータ」により焦点距離とF値を 135mm F4.7 もしくは 150mm F5.6 に変換することが出来ました。今回、150mm に変更するコンバータが入手できましたので、ご紹介します。

このフロントコンバータは、いわゆる通常の(ビデオカメラやデジカメ用に出回っているような)「フロントテレコン」とは設計的に異なります。なぜなら蛇腹を繰り出して、至近にピントが合っている状態のマスターレンズに装着すると、その時点で無限遠にピントが合うわけですから、マイナスの度(凹レンズと同じ)を持つレンズということになります。それに対して通常のフロントテレコンは、全体としては凸レンズでも凹レンズでもないアフォーカル系と呼ばれる形式であり、無限遠にピントがあった状態のレンズに装着すると、そのまま無限遠にピントが合った状態のままとなるようなものです。また、このような通常フロントテレコンは、レンズのケラレがないように設計すればF値は不変であるはずなのですが、このマーシャルプレスでは F 値が変わることからも通常のテレコンではないことが分かります。ともあれ、これらの点からも、このマーシャルプレスは、日本光学からレンズをポンと買ってきてつけたものではなく、専用設計のレンズとそれにあわせた特殊なボディという、珍しい形態をとっていることが分かります。

このコンバータは構造としても少々凝ったものとなっています。150mm のコンバータでは、F値が F3.5 から F5.6 へと約1.5段暗くなるわけですが、そのときに絞り値指標を切り替える必要があります。そこでコンバータには絞り目盛りが刻んであり、レンズへコンバータを装着すると、もとの絞り値指標を覆い隠すようになっています。このとき絞り指標の位置決めをするために、レンズ側には上方に突起が、またコンバータ側にはそれにあうようなくぼみが作られており、嵌め合いで位置が決まります。しかしこれではコンバータをレンズのフィルターネジへねじ込んでいくことができませんから、このコンバータでは、絞り指標の部分とレンズの枠の部分は互いに自由に空回りするようになっており、嵌め合いながらねじ込んでいくことで装着が完了します。

コンバータの銘は "NIKKOR-Tele 1:5.6 150/105" と、他ではあまり見られないような表記になっています。またマーシャルプレス全体として 150mm に関連づけられた色である、オレンジ色のリングがあります。このオレンジ色は他には距離指標と、ファインダ接眼部上の焦点距離表示部に現れます。また絞り値が F8 と F5.6 については着色されていますが、これは、このF値ではソフトフォーカスとなることを表しているものと思われます。

手元のマーシャルプレスは内部のフォーカスラックの状態が悪く、150mm まで繰り出した状態でピント合わせをすることが困難であるため、試写をお届けできないのが残念です。

参考文献