空中浮遊時計

ポイント

コンセプト

あたりまえのことだが、市販のクォーツムーブメントを使用した時計は乾電池1本で数年は動く。手元に余っていたムーブメントを利用して作成したカレンダー付きの時計はその点やはり実用的で、どこにでも設置できるという、「普通の時計」の良さをあらためて実感した。しかし、ただ普通の時計を作っても仕方がない。「どこにでも置ける」というメリットを最大限に生かした時計は作れないものか・・・どうせなら空中に浮かせてしまえ・・・ということで、釣り糸を使って空中に浮いたように見える時計を作成した。

浮いたように見える構造物として人気があるのはテンセグリティ構造である。これは圧縮材(要するに硬い部分)が互いに接続されておらず、張力材によってのみ接続されているため、一見するとなぜ浮いているのか不思議に思えるような構造になる。ただし、「テンセグリティ」で画像検索して表示される多くの構造(特に、テーブル状のもの)は、実はテンセグリティ構造の定義には合致しない。それらは1つの部品に3点以上の応力がかかる部位(ワイヤーが接続された点)があり、それらの間の位置関係が保たれる(つまり、曲げ応力が発生する)からである。それらは、テンセグリティではないばかりか、トラス構造に代表されるピン接合型の構造にも該当しない。その意味でこの時計も「テンセグリティ風」だがテンセグリティ構造ではない。

ともあれ、この種の張力を利用した構造物では張力の調整が大切である。これによって浮遊する時計の位置や剛性感が変化するからである。3Dプリント用データにも上記「テンセグリティ構造」と呼ばれるものは多数あるが、釣り糸の張力を調整できる仕組みを持つものは少ない。そこでこの時計では基部の底面にネジを配置し、そのネジの締め付けにより釣り糸の長さや張力を調整できるようにした。4本の柱には強い内向きの力がかかるので、前後の柱はトラス構造で支え合うようにした一方で、左右に柱を接続すると浮遊感が薄れるので、柱の傾きもネジで調整できるようにした。柱が内側に傾いてしまうと、きっと見た目にみすぼらしくなってしまうだろう。

設計

よく見かけるテンセグリティ(風)の構造物は、なぜ浮いているのか一見不思議な感じはするものの、一方の部位の下に他方の(浮いている方の)部位が回り込む構造になっており、時計として使うにはどうにも収まりが悪い。そこで、時計向きの張力構造を考えた。針が回る領域に釣り糸が来ないこと、文字盤のうち特に3/6/9/12時の方向には棒が飛び出していて良いことを考慮に入れ、上の図のように3点を釣り糸で引いて支持する構造とした。この構造の場合、最下部(6時のインデックス先端)は周囲から引かれているために位置が変化しにくく(上下には動くが、上から押さえられているために事実上固定点になる)、あとはこの点を中心とした回転が安定かどうかを考えればよい。そうしてみると、どの回転方向にも動きが良好に規制されていることがわかる。前述したように柱には内向きの力がかかる。そこで上図右にあるように、柱を差し込む穴を1.6度だけ傾けて、ネジの締め付けにより角度を調整できるようにした。これにより、張力がかかった状態で柱を正確に垂直にできる。

直径0.3mmの釣り糸(3号)を使用したところ、約3mで気づきにくくなり、5m離れるとよほど目を凝らさないと釣り糸が見えなくなった。なので、わかっていても不思議な感じがする、面白い時計になった。部品点数も4個(3種類)と少なく、前述したように張力の調整もしやすい。動画の末尾にあるように、この構造はかなり安定で、時計の姿勢を変えても平気なので、十分に実用になる時計になった。例によって3DデータはThingiverse, Printablesinstructablesで公開している。