壊れた電卓から取り出した蛍光表示管でWiFi時計を作る

以前、壊れた電卓の外装・キーパッドを利用したRPN電卓の作り方を紹介した。入手した1973年製の電卓「カシオミニ CM-602」は電源を入れても蛍光表示管にもなにも表示されなかったが、実は蛍光表示管そのものは正常で、電子回路部分の劣化による故障のようだった。そこで、取り出した蛍光表示管を利用した時計を作ることにした。

1970年代はまだ発光ダイオード(LED)や液晶ディスプレイ(LCD)が未発達で、電卓にはもっぱら蛍光表示管(VFD)が使用されていた。VFDはそれらの「新しい」表示デバイスよりも消費電力が大きめだったり、奥行きを要したりするので使用される機会が減ってきているが、それが発する青白い光の美しさには一定の人気があり、今でもAV機器の表示部などに使用されている。これらは装置の内部に表示管が埋め込まれているが、上の写真のように表示管をむき出しで使用すると、化学実験で用いるようなガラス管の内部で光るさまには趣があり、レトロフューチャー、スチームパンク的な面白みもある。WiFiで時刻を自動取得するため実用性も高く、デスクにおいてさり気なく使えば、来訪者との話題のきっかけにもなるだろう。

動画

蛍光表示管 (VFD) について

蛍光表示管 (以下、VFD)は我が国、日本の発明である。発光原理は昔懐かしのブラウン管テレビ(CRT = Cathode Ray Tube) とほぼ同じで、陰極(カソード)から発した電子が蛍光体に衝突することで可視光で光る。ただし CRT では後部の電子銃から発するビーム状の陰極線の強弱で画面の明るさを制御するのに対し、VFD では加熱されたカソードから発した電子が陽極(アノード)に引き寄せられるかどうかで各セグメントの ON/OFF が決まる。

VFD ではその陽極に加え、グリッド(メッシュ)と呼ばれる網状の電極が備わっている点も特徴的である。グリッドにプラスの電位を与えると、陰極から様々な方向に発した電子が引き寄せられ、加速される。しかし、電子は急には曲がらないので、引き寄せられた電子の大部分はそのままメッシュの網目を通過して陽極の方へ飛んでいく。そこで、陽極にもプラスの電位を与えると、最終的に陽極に達して発光するというわけである。よって、陽極とそれに対応するグリッドの双方にプラスの電位が与えられているセグメントだけが発光することになる。これは(蛍光体の塗布の有無を除けば)三極管(真空管)の動作原理そのものであり、実際、VFD を用いたオーディオアンプも存在する。

以上のような動作原理から、VFD の制御には陰極とグリッドに加える電位の ON/OFF を切り替えられれば良いことが分かる。ただ問題は、その電圧が比較的高く、25V前後で動作するものが多いことである。そこで LED 等の制御とは異なり、25V の電源と、それを ON/OFF できるデバイスが必要になる。幸い消費電力はさほど大きくないので、USBの電圧(5V)から25Vへ昇圧するモジュール(DC-DCコンバーター)は小型で安価なもの(1個100円程度)が容易に入手できる。この 25V の断続にも、制御回路が8個セットになった汎用IC(ソースタイプ・トランジスタアレイ)が利用できる(1個50円程度)。マトリクスタイプのLEDは電源側(ソースタイプ)とグラウンド側(シンクタイプ)の2種類のトランジスタアレイが必要なところ、VFD では陽極とグリッドの双方が同じソースタイプでよく、また、電流を制限する抵抗器も不要なところはむしろ簡単になる、と言えなくもない。

VFD の解析

市販品の VFD を購入すると、大抵の場合は仕様書がついており、陽極・陰極・グリッドの端子の配置や、加えるべき電圧の値もわかるようになっている。しかし、古い電卓から取り出した VFD はそれがわからないこともある(基板上のシルク印刷や配線から判明することもある)。そこで以下では、VFD の動作確認方法について紹介する。

  1. 陰極(ヒーター、フィラメント)の特定
    多数のリード線から、まず、陰極(ヒーター、フィラメント)の端子を特定する。VFD の陽極やグリッドは宙に浮いており互いに絶縁されているが、陰極の両端の端子の間は約10〜100Ωの抵抗値で繋がっている。そこでテスターを用い、この組み合わせを探す。このような端子の組み合わせが見つからない場合、残念ながらフィラメントが断線している可能性が高い。
  2. ヒーター電源の接続
    陰極のフィラメントを加熱するための電源を用意し、接続する。この電圧は 1V から数V程度のことが多い。電圧が高すぎるとフィラメントを損傷する可能性があるため、低めの電圧から始めるのが安全である。そのための電源を別途用意するのが面倒であれば、USB 等の5V電源を使用することもできる。テスターでフィラメント両端の抵抗値を測定し、その5倍程度の抵抗器をフィラメントに直列に接続したうえで5Vを印加する(後の点灯のために、抵抗器は高電圧側に付けた方が良い)。点灯を確認した後、抵抗値を調整することで VFD の明るさを調整することができる。暗い場合は抵抗値を徐々に小さくしていく。
  3. 点灯チェック
    25Vの電源を用意し、残り全てのリード線(すべての陽極とグリッド)に+25V側を接続する。グラウンド側はフィラメントの低電位側に接続する(通常、DC-DCコンバーターはグラウンドが共通となっている)。陽極・グリッドとフィラメントの間に25V程度の電位差が生じ、この時点で、全てのセグメントが点灯するはずである。
  4. 陽極・グリッドとその位置の判定
    陽極・グリッドのリード線を、25V電源から1つずつ取り外す。取り外したとき、数字の1桁全体が消灯する場合、そのピンはグリッドである。また全ての桁にわたって特定のセグメントが消灯する場合、そのピンは陽極(セグメント)に対応する。
陽極とグリッドの位置関係は、すべての配線が終わってからマイコンのプログラムでも調査・変更が可能なため、この段階では 4. のステップを省略しても構わない。

WiFi 時計の製作

ここまで順調なら、あとは時計として仕上げるだけである。WiFiで時刻を取得するには ESP32 モジュールを使用するのがよい(使用したのはMH-ET Live D1 miniで、1個400円程度)。25V のON/OFF制御(ソースタイプドライバー)には、三菱電機の M54564Pを使用した。また25Vを得るための DC-DCコンバーターには、MT3608 という IC を用いたモジュールが使用できる。電圧が可変(調整可能)な便利なものが10個1000円程度で売られているのでストックしており、それを利用した。

他には付加部品が不要なので(前述の、フィラメントと直列接続する抵抗器を除く)、ユニバーサル基板に部品を載せ、配線をしていく。各IC・モジュールの電源を接続し、陽極とグリッドに配線をしたら、マイコンに全セグメントを点灯するプログラムを書き込んで点灯するかチェック。OKであれば、残りの配線も同様に行えばよい。

それぞれの陽極・グリッドへ流れる電流は僅かであるため、配線は細めのポリウレタン銅線で行った。使い慣れない25Vはショートすると危険そうな気がするが、実際には陽極・グリッドの配線同士が導通しても2箇所が同時に光るだけで、回路や VFD の損傷にはつながらない。M54564Pは8回路を内蔵しているので8桁の7セグメント VFD を制御可能だが(小数点含む)、今回使用したカシオミニ CM-602 の VFD は6桁なので、2回路が余った。

次に、時計のプログラムを焼き込む。安定なダイナミック点灯(各桁を高速に、順に点灯させることで、少ない配線数で全てのセグメントを独立に制御する方法)のためにタイマーを用いたことと、WiFi の設定を行うライブラリ (WifiManager) の画面にNTPサーバーやタイムゾーンを設定できる項目を追加したぐらいで、至ってシンプルな、200行に満たないプログラムである(githubでプログラムを公開している)。

完成

最後に外装を制作して完成した。3Dプリンタでミニマルな、幾何学的な造形で完成させたが、木工や金属細工、アクリル板などを使うと、よりレトロフューチャー感・スチームパンク感のある時計にも仕上げられるだろう。

最終的に、上の写真のように1台の壊れた電卓から、高精度で使いやすいRPN電卓と、美しく実用的な時計の2つを生み出すことが出来た。詳細な制作過程はInstructablesでも紹介している。