懐中時計型計算尺 KL-1

計算尺の多くは定規のようにまっすぐで,1つの滑尺と1つのカーソルを持ち,それらの相対位置関係により計算を行う.またそれに対して円盤型の回転計算尺は,滑尺を動かすことによって対応する目盛りが読めなくなる目外れがなく,実用上は大変便利である.それらに対しここで紹介する懐中時計型計算尺は,回転計算尺に近いもののそれとは異なり,少々使い勝手は悪いが小型で,どちらかというとアクセサリとして所有して楽しい,といった風情の計算尺である.

ケース全体の直径が約5cmの,この小さな計算尺には2つのノブがあり,赤いノブを回すと表と裏の赤い指針が同時に回転する.また黒いノブを回転させると,表側(△▽と円弧を組み合わせたメーカのロゴがある面,最初の写真の左側)の文字盤が全体として回転する.裏面の文字盤は回転しない.表面には回転する赤い指針とは別に,黒いノブの根本から中央に向かって設けられた短い固定指針があり,これを基準として文字盤や赤色指針を回転させ,計算することになる.

表面には外側から A, C 尺に相当する目盛りがあり,文字盤と指針の相対的な角度関係を用いて乗除算が行え,さらに A 尺と C 尺の関係から2乗と平方根の計算もできる.Cマークも設けられているので,円の直径から円の面積を手軽に計算することも出来る.裏面には外から順に C S T の3つの尺度があり,三角関数の計算を行うことが出来る.

この計算尺のデザイン上で特徴的な点は,T尺が円形ではなく螺旋状となっていることである.普通の計算尺ではT尺は 5.7°より大きい角度で用いられ,それより小さい角度はST尺により計算されるが,これはそもそもT尺やS尺の下位につながっているものである.その点で,この螺旋状のデザインは直感的に理解しやすく,優れた設計だと思う.他の計算尺で見られるように,角度が小さい範囲では sin(θ) ≒ tan(θ) と近似できるため,5.7°以下の sin はこの螺旋状のT尺により計算することも出来る.1度より小さい角度では目盛りが省略されているが,これも表側を用いて角度(deg) をラジアン(rad)に変換することで用が足りる.この計算尺にはLL尺が備わっていないが,LL尺も本来はすべての尺度が1本に繋がったものであるので,回転計算尺では螺旋状に描くと良いのではないだろうか.

この計算尺ではすべて,針または文字盤の回転によって計算が行われ,ほかの計算尺のように尺度同士がずれるような動きをしないため,計算尺の最大のメリットである「一定の関係を満たす数値同士が向かい合って並び,一覧できる」ということがない.そのため実用上はかなり使いづらいものであるが,非常に小型であり,両面に備えられたカーブした風洞や全体の作りなどからいっても,アクセサリ的存在であるのではないかと思う.

なお,尺度や指針の精度は高く,表側で中央の赤い指針を固定指針に合わせると,裏面でも赤い指針は正確に1の位置を示す.この性質を用い,表と裏を連動させて計算することも可能であるが,表と裏では指針の回転方向が逆になる(表で時計回りの場合は,裏面では反時計回りとなる.つまり軸が共通している)ため,少々のコツを要する.そのような使いこなしを考えるのも少しおもしろい計算尺である.

この計算尺には専用のプラスティックケースと説明書が付属していた.説明書はロシア語で記載されている.ロシア製のようであるが,この個体そのものはウクライナの方から購入した.ウクライナ東部地域で,クリミア半島動乱以後,一時は親ロシア派が制圧していた地域である.