カメラのフォーカス調整

2016年1月

クラシックカメラは製造から長年を経て、レンズのピントが狂っているものがある。レンズの距離目盛りを無限遠に合わせても正しく無限遠にピントが合わなくなるのがその代表例であるが、その他にもレンズのピントと距離計の関係が狂ったり、一眼レフカメラではフォーカシングスクリーンとレンズの関係がずれるものもある。ここではそれらの調整方法について説明する。

調整の前に・・フィルムレールの形式

ピント調整をするときにまず押さえておかねばならないのは、撮影時にフィルムがどこに位置しているか、という問題である。フィルムの位置なんて、フィルムをセットするときに見える開口部分に決まっているだろう・・と思いがちだが、さにあらず。以下で示すようにフィルム位置を決める方法には大きく分けて二種類があり、それぞれでフィルム位置の基準が異なるのだ。

フィルムを送る方法は大きく分けて、上に示すような「トンネル式」と「直圧式」に分けられる。歴史的にはまず直圧式が使われてきたようで、古いカメラは直圧式が使われている可能性が高く、新しいものでは次第にトンネル式に移行している。

トンネル式は、フィルムを後ろから押さえる圧板と、ボディ側のフィルムレールとの間に隙間が設けられており、その隙間をフィルムが進んでいく方式である。圧板はフィルムが収まる部分の外側のレールに接しており、フィルムは直接的に圧力を受けない。この方式では、ゲート段差(内側のレールと外側のレールの高さの差)がフィルムの厚みより大きいため、厳密には上の図に示すようにフィルムは完全な平面とはならず、中央部よりも周辺部のほうがレンズよりに位置することになる。トンネル式のメリットは、フィルムが軸に巻かれていることによる「巻きぐせ(カール)」により中央部が圧板に押し付けられるという点で、画面の中央部でピントがずれる危険性が低いと言われている。

直圧式は、フィルムレールと圧板で直接、フィルムを挟み込む方法である。この場合でもフィルムの中央は巻きぐせにより画面に押し付けられるが、場合によっては中央部が圧板から離れて膨らんでしまう可能性があると言われている。トンネル式ではフィルムのカールがフィルムを長手方向の円筒形にする力が働き(フィルムをほどいてまっすぐに伸ばすと、元のカール方向とは直角方向に、竹の皮のような形になろうとするのが分かる)、これによりフィルム形状が安定しやすいが、完全に真っ直ぐにしようと端を押さえすぎると真ん中が飛び出してしまう危険があるのである。

問題は、これら2つの方式の基準面が異なることである。直圧式は B で示したところが基準面となっており、フィルム浮動がないとすればこの面にすりガラスを押し当てればピント調整ができる。それに対し、トンネル式では圧板が接する点 A からフィルムの厚みを引いた位置がフィルム位置となる。フィルムの厚みは、富士フイルムの ACROS 120 で実測した結果では裏紙と合わせて 0.20mm であった。

フィルムを装填した状態でピントを調整するには、後に述べるオートコリメータを使うと良い。しかしこの装置は高価で、修理業者ならまだしも、一般のホビイストが購入するには厳しい。そこでここでは、オートコリメータを用いないピント調整の方法を何点か紹介する。

赤窓を用いた無限遠の調整(赤窓を持つ66判カメラのみ)

先に述べたように、カメラの種類によってフィルム位置の基準となる位置が異なるが、赤窓を持つ66判カメラではそれを気にすることなく簡単かつ高精度に無限遠を調整する方法がある。それは、現像済みのフィルムをカメラに装着し、その位置をカメラの外側から測る方法である。必要な機材は以下のとおり。

これらを用いてどのようにして無限遠を確認するかというと、カメラが写真を撮影するときの光の方向とは逆に、カメラの赤窓から光を入れ、レンズから出た光を超望遠レンズで見て確認するのだ。

上の写真はDacora IIのピントを調整しているところである。カメラを背後から照らす光源は小さめのライトボックスでもいいが、懐中電灯を使ったほうが明るく見やすいようだ。望遠レンズは Nikkor-ED 500mm F4P で、このようなマニュアルフォーカスのレンズは指標の位置が正確に刻まれているのでお勧めである。特にこのレンズは無限遠指標よりもレンズがさらに余分に回るので調整に使いやすい。もちろん調整用のカメラは精度に不安のないものを用いるが、こちらに焦点距離の長いレンズを用いるほど精度に余裕が生じるため、あまり気にしすぎる必要はない。例えばこの超望遠レンズでは無限遠の次の距離指標が 50m となっているが、これは標準レンズではほぼ無限遠と見なして良い距離である。また大口径のレンズほど、このようにカメラ2台を向きあわせて調整するのが楽になる。

上の図はこの方法でのピント調整の原理を表したものである。中段はちょうど無限遠にピントが合ったときのもので、このときフィルム上の1点から発した光は調整対象のカメラのレンズから平行光として射出され、超望遠レンズを取り付けたカメラで無限遠の像として観察出来る。それに対し、下段のように少しフランジバックが短いとき(この場合はオーバーインフと呼び、シーンのどこにもピントが合わない状態となる)、右のカメラでは近距離の物体から光が発したように見えるため、超望遠レンズのピントを近距離に合わせた時にピントがあって見える。上の段は逆に前ピンの状態で、このときは右のカメラでははっきりした像をみることが出来ない。

ピント調整の際には、例えば前玉回転式のカメラであれば、距離指標を取り外し、超望遠レンズの目盛りを無限遠に合わせたままはっきりした像が見える位置に前玉をあわせ、そのときちょうど無限遠の指標が合うように距離指標をとりつけ直せば良い。シムを挟み込んでピント調整をするカメラであれば、超望遠レンズの距離指標を読み取り、その値から計算によりシムの追加量を求める方法が簡単であろう。追加するシムの厚さ x は、超望遠レンズでピントが合って見えたときの距離指標の値 d (mm 単位)から次の式で求められる。

x = f - 1/ (1/f + 1/d)

ただし f は調整対象のカメラのレンズの焦点距離である。フランジバックが長すぎるときは超望遠レンズ側の距離指標が読み取れないので、一旦シムを抜いてピント位置を調べ、それから追加すると良い。

調整用のフィルムを作成するときにはいくつかの注意点がある。まず、赤窓からの光を通すために裏紙に穴を開けるが、裏紙には巻きぐせがついているので、切り取った穴の周囲がフィルム側へ湾曲し、フィルムを持ち上げようとする(つまり、穴のない時よりもフランジバックが短くなりがちとなる)。穴を開ける時には丸く切り抜き、また穴の周囲を指で押さえて巻きぐせを直すなど、平坦化させておくほうが良い。

検査用のフィルムには現像済みのコマを用いると良いが、フィルムは現像すると巻きぐせが弱くなってしまう。細かく巻いておいて巻きぐせをつけておくとよい。また、現像済みのコマに十分な細かい模様がないこともあるので、カッターナイフ等でごく弱くなぞり、傷をつけておくとピント合わせがしやすい。

この写真は、赤窓を介して見える像を撮影したものである。中央にはカッターナイフでつけた傷が写っている。

カメラ内部に光源を設置する方法

上で紹介した方法は中央に赤窓がある66判スプリングカメラでしか使うことが出来ないが、フィルム面を照らすことができれば同様の調整方法が使用できる。そこでここでは小型の懐中電灯を用いる方法を紹介する。

この方法ではカメラの暗箱内に小さな光源を設置する。外部から電源を供給するには配線を通す位置が問題になるが、上の写真のようなLED式の小型の懐中電灯を用いるとその心配はない。この懐中電灯(というよりキーホルダー)は100円ショップで売られていたものである。

これを暗箱内で、画面の中央が照らされるように固定する。上の写真はコダック・メダリストの暗箱内に設置した様子である。この例ではマスキングテープで軽く止めたが、ほかのカメラでは紙工作でランプの台を作ると良いかもしれない。ただしランプがレンズの正面を隠さないように注意する。

この方法では先の赤窓を用いる方法とは違い、未現像のフィルムをそのまま用いることが出来る。要するに、普段最もよく使用するフィルムを整備対象のカメラに入れたときを基準として調整することが出来るわけである。ただしフィルム面は平滑で合焦状態がわかりにくいため、上の写真のように油性ペンなどで適当な模様を書いておく。フィルムに折れ癖が付くほどの強さで書いてはいけない。

ランプを内部に入れたカメラに上のフィルムをセットし、シャッターをバルブで開放したものを、赤窓を用いる方法と同様に超望遠レンズで覗く。超望遠レンズの距離目盛りを無限遠に固定し、デジタルカメラのライブビューを見ながらピントがきちんとあっているか確認すれば良い。

この写真は、実際に上のフィルムを装着したときの、デジタルカメラ側からの撮影例(ノートリミング)である。先のフィルムの画像のうち、赤枠で囲った部分の付近がデジタルカメラ側から見えている。メダリストのレンズの焦点距離は 100mm で、一方、超望遠レンズは 500mm なので、5倍の顕微鏡と同じ光学系となっており、フィルム上の像が5倍に拡大されて撮影される(つまり視野はフィルム上で 7.2mm x 4.8mm の領域となる)。両方のレンズが無限遠に設定されている時にシャープな像が観察されれば、レンズの調整は完璧であると言って良い。なぜなら、レンズのピント精度や描写性能を5倍に拡大して見ていると言うことができるためである。メダリストのレンズは極めて優秀で収差が小さく、この厳しい検査方法でもシャープな像を観察することが出来た。

この方法では、検査対象カメラと望遠レンズの間の角度を変えることで画面の端の方のピントを検査することも出来る。

フォーカシングスクリーンを用いた調整法

フォーカシングスクリーンを用いたフォーカス調整は、多くの種類のカメラで可能な方法である。上の写真はエンサイン オートレンジ 16-20 の調整をしているところで、シャッターをバルブの設定にし、ロック可能なレリーズケーブルでシャッターを開放にして調整をしている。この方法ではどのようにしてフィルムの位置と同じ位置にフォーカシングスクリーンを置くかが最大の問題であり、ここでは3Dプリンタを用いて制作した治具を紹介する。

この治具はニコンの FE/FM2, FM3A 等のための交換用フォーカシングスクリーンを使うように設計されており、これを本来の向きとは表裏を逆に(マット面が下になるよう)この治具に載せて用いる。治具のくぼみにフォーカシングスクリーンの突起を合わせると表裏を間違える可能性はない。

スクリーンを載せると上のような状態で、さらにマスキングテープなど糊が残らないテープでスクリーンを固定すると良い。さらにこの治具を、カメラのフィルムアパーチャ部分にセットする。

治具の設計は上の図のようになっている。スクリーンのマット面は赤の点線の位置にセットされる。直圧式のカメラでは、画面の周囲の枠が B の位置に接し、一方トンネル式(フィルムが巻きぐせによって圧板に押し当てられることでフィルム位置が決まる方式)では A の部分が圧板の位置を決める。前述したとおり、トンネル式でのフィルムの位置は圧板の位置から裏紙とフィルムの厚みだけ前進した位置になるため、フィルムの厚み D (富士フイルムの ACROS での実測値0.20mm)だけ A と B の位置に段差を設けてある。面 A と B は、それぞれ最初の図の A, B に対応している。

幅 X は、画面(撮影範囲)がかなり小さめのカメラでも問題ないよう 54mm にしてある。また Y はフィルムの幅に一致しており、Z は多くのカメラを採寸して検討した結果 68mm とした。短辺は40mm(画面内に入る部分は38mm)で、6x4.5判から6x9判まで様々な中版カメラで利用できるが、実際に調整したいカメラで使えるかどうかは手元のカメラの各部の寸法を測って確かめるとよい。なお、圧板に段差が付けられているカメラ(例:コダックメダリスト)など一部のカメラではピント位置がずれるため、なんらかの補正が必要となることがある。

この治具の詳細はこちらに記載した。

スクリーンを用いる方法はもっとも簡易的で、また、近距離における距離計とフィルムのピントの一致を検査するにも都合が良いが、実際のフィルムがどのような状態でセットされるのかがわからないため、先に紹介したフィルムを用いる方法に比べるとどうしても精度が劣るのは否めない。

オートコリメータについて

カメラの修理業者では下の図のようなオートコリメータを用いてカメラの無限遠をチェックしていることが多い。

オートコリメータは装置側に光源を持ち、望遠レンズを通してカメラ内部へ光を入射する。その光がフィルム面で反射し、再びレンズから出てきたところを観察する。もし調整対象のカメラの無限遠が正確に調整されていると、上の図のようにマスクの像は調整対象のカメラのフィルム上に正確に像を結び、それがまたオートコリメータにより観察されるのであるが、もし調整対象のカメラが狂っていると、フィルム上に投射される像がぼやけ、さらにそれを観察する際にもまたボケが生じるためにピントのズレを高精度に検出することが出来る。これは生物学分野などで広く用いられている「共焦点顕微鏡」と同じ原理である。

市販のオートコリメータは計測器であるから当然、精度を保証できる作りとなっており、一般ユーザがカメラの調整に用いるには過分な装置であると言えるかもしれない。一眼レフカメラのミラーの位置にハーフミラーを設置することで形としてはオートコリメーターと同様になるが、ハーフミラーのガラス部分の屈折により(上の図の場合では)焦点板側のピント位置がずれるし、またハーフミラーの取り付け位置や角度が狂うとマスク側のピント位置もずれるためである。ただし単体で調整することは不可能ではなく、例えば無限遠にあるとみなせる物体がシャープにピントを結ぶように焦点板側を調整し、つぎにオートコリメータの前に鏡を置いてマスク像が焦点板上に合焦するように調整すれば不可能ではない。

オートコリメータを用いる場合、調整対象のカメラにはレンズ部分の他にも光が照射される。カメラのレンズにフィルタがついていたり、カメラ上部の距離計やファインダなどの窓がコリメータの口径内にあったりすると、平行光が反射するためにコリメーター内に偽の像を生じ、適宜遮光する必要がある。

オートコリメータは平行度、角度のぶれ、プリズムの精度などいろいろな検査に利用できる装置である。その使用例については、例えばこちらの取扱説明書などが参考になる。

3D プリンタを使用してオートコリメータを試作した。ニコンFマウントのレンズとソニーEマウントのカメラの間に入れるマウントアダプタ型のオートコリメータで、ミラーレス一眼カメラのライブビューを見ながらピント調整が出来る。