矩形ミステリークロック

ポイント

コンセプト

文字盤部分が空洞になったHollow ClockHollow Clock2を作りつつ、いろいろと古い時計を調べていると、「日の下に新しきものなし」ということなのか、よく似た時計が古くに作られていたことに気づく。特にJefferson Golden Hourという、1950年ごろから40年もの長きに渡って米国で作られていた時計は Hollow Clock によく似た、円環の中に針が浮いたデザインである。ただし針は周囲の円環とはつながっておらず、ガラス板で支えられており、誰が見ても「ガラス板が回転することで時計が動くのだろう」とすぐ気づいてしまう。要するに、不思議感はさほどないのである。しかし、もっと古くには、まさに不思議としか言いようのない時計があった。ミステリークロックと呼ばれる時計がそれらに当たるが、特に文字盤が矩形(正方形または長方形)の時計をここでは取り上げたい。

"square mystery clock" で検索するとそのような時計を多く見つけることができる。Robert Houdinという19世紀の時計職人にして手品師の彼は、その手品の一環としてこのような時計を作って見せ、また販売したようだ。アンティークとしてのデザイン、素材、仕上げも素晴らしく、ため息が出るばかりであるが、ともあれ、どうやって動くのかはまさに不思議ではないだろうか。どのような仕組みかについては、はっきり書かれているところは見つからないものの、おおよそは推測できる。あまり書くのは野暮になるが、要するに、複数の硝子板があり、その1つが(回転はしないが)わずかに動くことで中央の時計を駆動しているのは間違いない。実際、後の量産品であるSmith Electricの製品は2枚のガラス板のうち1枚が回転方向に往復運動し、中央部のラチェットギアがそれを一定方向の回転運動に変換しているようである。なおミステリークロックには、カルティエが富豪向けに今も作っていると言われるものもあるが、それらは円形をしており、もちろん工芸品としての素晴らしさは認めるものの、不思議度としては Square Mystery Clock には遠く及ばない。

さて、これを3Dプリンタで作りたい。どうするか。Smith Electric が使用したようなラチェットギア(ワンウェイクラッチ)は使いたくない。3Dプリンタでは小さく作ることができないし、それが見えれば、動く仕組みがわかってしまいそうだ。少し検討した結果、2枚のアクリル板のうち、1枚を(中心まわりに回転させるのではなく)円弧を描くように平行移動させ、中央部の小さなクランクで回転運動に復元する方法を思いついた。ただし、そのアクリル板は、あまり大きくは動かせない。そうすると中央部のクランクも大きくなってしまうし、外の額縁も太くなる。額縁が、円盤が収まる太さになってしまうと、「円盤を回転させているんじゃないの?」と見えてしまう。どうしても、円盤が内側に収まらないような額縁の太さにする必要がある。結果、軌跡の半径を 8mm に設定し、アクリル板を確実に(傾かないように)平行移動させるため、下部ではアクリル板の左右両端を駆動する構造とした。

もう1つの問題は、時計が時針と分針の2つの針を持つことである。アクリル板を3枚に、クランクを二重にすればできる気がするが、実際にはそうではない。針から遠い方のクランクの動力を中心軸に持ってくることができないのである。しかしこれにはすでに解決策があった。時針が浮いた文字盤のメカを使うと、分針を回すだけで時針が適切に動く。よって、このメカをそのままそっくり持ってくることにした。

アクリル板は、写真展用に買い込んだ額のものが大量に余っていた(写真展ではアクリル板を取り外して使用している)ので、それを切り出して使用した。例によって部品点数を少なく、組み立て容易なように、という設計を突き詰めて、斜めの嵌合いで固定される仕組みを何箇所かで利用した。Hollow Clock シリーズとは違って分針の取り外しができないので、時刻合わせはマイコン部分にボタンを付け、それを押すと早送りするようにした。時針は、重力でぶら下がっている構造のため、手で1回転、大車輪のように回せばきっちり1時間分、進めたり遅らせたりできる。結果、見た目に不思議で、しかし実用性もちゃんと備えた時計を作ることができた。中央のギアが目立つが、不思議感の邪魔にはなっていない。むしろ、動力のついていないただの歯車がぶら下がっているだけに見えて好ましい。

自宅やオフィスに置いていくらかの人に見てもらったが、正面から見る限り、動く仕組みがわかった人はいなかった。動く方のアクリル板も1時間かけてゆっくり動くので、なかなか動いている様子はわからない。ふと目を離して、次に見ると、ちゃんと時計が進んでいる。不思議だな〜、という感じでなかなか面白い。惜しむらくはコロナ禍で、来客が激減していることだろうか。

例によって3DデータとプログラムはThingiverseで公開している。