ゼンザブロニカ
2001年1月初版

Zenza Bronica S2 Zenza Bronica EC-TL
Zenza Bronica D
ゼンザブロニカの誕生
![]() ゼンザブロニカD
|
1959年3月に発表されたゼンザブロニカとは、カメラの設計製造に関しては素人であった吉野善三郎氏が、自らの理想とするカメラを製作すべく当時2億円もの膨大な私費と、8年余の歳月を費やして完成させたカメラです。戦後の復興期、吉野氏は、シガレットケースやオイルライター、女性用のコンパクトなどを製造する会社を経営していましたが、写真機に対する情熱は非常に旺盛で、東京で自らの写真機店を営んでいたほどでした。しかしそれに飽き足らなかった彼は、世界一のカメラ、最高のカメラを自ら製作することを目論みます。そして、自社の技術力と膨大な私費を投入することで、まさにそれを成し遂げたのです。 このときに発売されたゼンザブロニカは、ハッセルブラッドに大変よく似た形状・サイズの66版フォーカルプレーン式カメラでしたが、当時ハッセルブラッドが持たない数々の機能、また今現在でさえ持つに至っていない機能をもを備えた高機能カメラでした。すなわち、1) 撮影後ミラーと絞りが元の位置に復元する、クイックリターン式ミラー・完全自動絞りの搭載 2) レンズの光学的バックを確保するため、ミラーは通常の跳ね上げ式ではなく、降下式 3) ニコンF2のように、セルフタイマーを用いた約10秒までの長時間露出機構 4) 露光前後の状態がボディと異なっていても装着可能なフィルムマガジン 5) フィルム装てんはスタートマーク合わせ不要のオートマット、などです。つまり当初より一眼レフ式カメラが備えるべき基本機能を全て実現しており、ニコンFの発表・発売がこの年の6月であったことを考えると、驚異的に先進的なカメラであったことが分かります。また歴代のフォーカルプレーン式ブロニカの中でも、最も小型で軽量、またデザインも非常に優美であることは特筆すべきでしょう。 なお、この初期型は「ゼンザブロニカ」と呼ばれ、1961年にS型(スタンダード)に切り替えられたときに、区別のためD型(デラックス)と呼称されています(ごく初期のものをZ型と分類する場合もあります)。また、ゼンザブロニカのネーミングは、善三郎+ブローニー+カメラから作られたと言われています。この初期型の発表当初より標準装着レンズはニッコールであり、50mm F3.5, 75mm F2.8, 135mm F3.5 の3本がカメラと同時に発売されています。言うまでもないことですが、善三郎氏は、最高のカメラには最高のレンズを装着すべきであると考え、ニッコールを採用したのです。上記の経緯から容易に想像されるとおり、当初はレンズを自社製造できなかったのです。しかし同年に発売されたニコンFとそのレンズの売上が好調で、日本光学はブロニカが満足し得る数のレンズを提供できませんでした。そこでゼンザブロニカ工業は積極的にレンズ設計・製造の技術を蓄積し、次第にレンズを自社製に置き換えることにより、レンズシャッター式となった645判の ETR 型からはニッコールを装着することはなくなりました。
|
ゼンザブロニカの発展
![]() ![]() ゼンザブロニカS2(後期型)+ 75mm F2.8 |
ゼンザブロニカD型は、大変高機能かつ軽量コンパクトな、まさにデラックスなカメラでした。しかしそのため内部の機構は複雑で、外装にも大変コストのかかるカメラでした。そこでセルフタイマーやオートマット機構などいくつかの機能や構造をシンプル化するとともに大型化を図った、スタンダード型(S型)が1961年に発売されます。そしてさらに、フィルムバックを非交換式とし、レンズ繰り出し機構を脱着式ヘリコイドに変更するなど、より簡単化したC型が追加されるなど、よりシンプル化・低価格化を中心とした発展の道を辿りました。その意味では、機能の追加とそれによる複雑化を中心とする発展を遂げた他社にくらべ異質であるといえるでしょう。 ゼンザブロニカはその後、下降式ミラーを用いた基本設計をそのままに、より高信頼化を図った最終型の純機械式ブロニカたるS2型・C2型へと発展します。特にS2型は改良を受けながら最も長期間製造され、フォーカルプレーン式ブロニカの代表的モデルと言えるでしょう。そしてその後、根本的に設計を見直した電子制御シャッター搭載のEC型が1972年に登場します。当時ニコンでいえばニコマートELが発売された年で、電子シャッターの有効性が認知されてきたころになります。このカメラはさらに少し大型化されましたが、シャッターの助走距離を伸ばしたり、ギアを大型化するなどして機械的にはさらに安定したカメラとなりました。しかし最も大きな変更は、降下式のミラー機構を廃し、上下分割式のミラー機構を採用した点でしょう。上側の主ミラーは通常のカメラのように上方へ跳ね上げられ(ただしレンズを避けるため、しゃくりあげ式となる)、下側のサブミラーは反対にボディ下へもぐりこむことにより従来の下降式の時のレンズが全て利用できました。これにより同時に上下へ移動する重量物のバランスが取られ、非常にショックの少ないカメラとなりました。またウェストレベルファインダを取り外したところに電気接点があり、露出計つきファインダを装着すると露出計がボディと連動するなど先進的機構も搭載されていました。ミラーアップ機構の復活もありがたい点でしょう。 本ページ冒頭の写真のうち、右上のカメラは、フォーカルプレーンシャッター式ブロニカの中では最も高機能なカメラである、ゼンザブロニカ EC-TL です。このカメラは EC の主ミラーに測光用センサを仕込むことで、外付けファインダの助けを借りずに単体で測光、および中判一眼レフカメラで世界初となるAE撮影を行うことが出来ます。ニコンFGのように、レリーズ後まずレンズを絞り込み、測光を行ってからミラーを駆動することにより、従来のレンズのみならずどのような光学系を装着しても問題なくAE撮影が行える便利なカメラといえます。ただし絞込み測光はレンズを通過する光量が少なく、またウエストレベル式であるため、ファインダ側からの逆流光が問題となりますが、これについては逆流光成分を測定するセンサを設け、測光値を相殺することで補正を行っています。 その後機能を簡単化し回路をデジタル化した EC-TLII が発売され、それがニッコールレンズを搭載したブロニカの最終モデルとなりました。なおD型から EC-TLII まで、繰り出し機構の先に取り付ける小バヨネットのレンズは基本的に互いに流用できます。主として超望遠レンズを取り付けるための大バヨネットは、D型・S型と、その後のモデルとでは異なります。 前述のように、ブロニカとは吉野氏の理想を具現化したカメラであり、それはニッコールレンズを中心としたレンズラインアップに関しても同じことが言えるでしょう。独特のミラー機構は、まさにこの「レンズ中心主義」を体現しているとは言えないでしょうか。
|
解説動画
ブロニカについて
ブロニカ開発秘話 | |
![]() | このストーリーは、最初のブロニカが産声を上げるより遙か以前、開発のごく初期段階からブロニカの設計に携わっておられた方の述懐を中心に、資料を交えてまとめたものです。今後不定期に連載を続けます。 |
ブロニカの使い方 | |
![]() |
ブロニカの代表的な3機種について、簡単な操作方法を比較形式で紹介しています。これら3機種の操作方法が分かれば、他のタイプも容易に取り扱えるはずです。
|
ブロニカQ&A | |
![]() |
ブロニカに関する疑問、誤解にずばり?お答えします。
|
ゼンザブロニカDの紹介 |
|
![]() |
ブロニカDの各部の紹介、またマニアックな心をくすぐるさまざまなギミックを紹介しています。
|
ゼンザブロニカ用ニッコールレンズの紹介 |
|
![]() | ブロニカ用の大半のニッコールレンズを紹介しています。 |
ゼンザノンレンズの紹介 |
|
![]() |
ブロニカ用のレンズブランドである、ゼンザノンレンズを紹介しています。
|
コムラーレンズの紹介 |
|
![]() |
サードパーティ製のコムラーレンズを紹介しています。
|
ブロニカ用レンズ互換チャート |
|
![]() | ブロニカ用レンズの互換チャートを作成しました。 注意:チャート中には入手が難しいアダプタが含まれています。未入手のアダプタを前提にシステムを構築されませんようご注意ください。 |
ゼンザブロニカ用アクセサリの紹介 |
|
![]() | ブロニカ用のアクセサリー群を紹介しています。 |
ゼンザブロニカ付属品の紹介 |
|
![]() |
意外と知られていなかったり、欠品していたりするブロニカの本体付属品について紹介しています。
|
ゼンザブロニカ資料(取説・カタログ) |
|
![]() |
当時の取扱説明書やカタログなど、メーカ発行の資料を紹介しています。
|
ゼンザブロニカ年代別価格表 |
|
![]() |
ブロニカおよびレンズ、アクセサリの年代別価格(1969-1979)のリストです(パーオヤジさん調べ)。
|
ゼンザブロニカの仕様
ゼンザブロニカD型の仕様
- フィルムバック:120 フィルム専用、66判、12枚撮り、途中交換可能、
スタートマーク合わせ不要のオートマット、間欠フィルムテンションシステム - フィルム巻き上げ:ノブ式(フォーカシングノブを引き出して巻き上げ)
- シャッター:布幕縦走りフォーカルプレーンシャッター、
機械制御 10秒〜1/1250秒、中間速度可能、X同調 1/50秒 - ファインダ:ウェストレベル、交換可能、フレネルレンズ付き
- レンズ:ニッコール 50mm F3.5, 75mm F2.8, 135mm F3.5
(後の 40mm〜200mm の小バヨネットレンズも利用可能) - その他:セルフタイマー、フォーカスロック、多重露出可
18-8 ステンレス磨き出し外装 - 重量:フィルムバック+本体 1240g, 標準レンズ込み約 1450g(実測値)
ゼンザブロニカ EC 系列の仕様
ゼンザブロニカ EC
- フィルムバック:120/220 フィルム使用、66判、12枚/24枚撮り、途中交換可能
- フィルム巻き上げ:クランク/ノブ式、2回転、分割巻き上げ可能
- シャッター:布幕縦走りフォーカルプレーンシャッター、
電子制御 4秒〜1/1000秒、機械式 B, 1/40秒、X同調 1/60秒 - ファインダ:ウェストレベル、交換可能
- レンズ:ニッコール、ゼンザノン(カールツァイスイエナ DDR、トプコン設計含む)
- その他:中間シャッター速度(後期型のみ)、ミラーアップ、タイム露出、多重露出可
- 電池:4SR44 型 6V
- 重量:標準レンズ込み約 2kg
- ゼンザブロニカ EC の全仕様+下記の露出計機能
- 露出制御:瞬間絞込み測光による絞り優先AE、
手動絞り込みによるマニュアル露出測定 - 測光方式:メインミラー内蔵センサによるTTL方式、絞込み測光
- ファインダ内露出表示:LED 4秒〜1/1000秒・露出過多・露出不足の各表示、
AE時点灯/マニュアル露出測定時点滅 - 重量:フィルムバック+本体 1800g, 標準レンズ込み約 2010g(実測値)
- 回路がデジタル化された
- シャッター速度が 1/2 秒〜1/1000 秒の範囲に狭められた
- ファインダ内露出表示が 1/30秒〜1/1000秒に簡略化された
- マニュアル露出(M)、AE露出(A)の表示が追加された
- マニュアル露出時、M のみが表示され、露出値は表示されない
- D : 1252g
- S : 1485g
- C : 1545g
- S2 : 1659g(後期型)
- EC-TL : 1833g
ゼンザブロニカのメンテナンス
吉野善三郎氏ご子息の博夫氏(1978〜1986年までブロニカ代表取締役)が退社後、設立した測定機器メーカー「イストテクニカルサービス」において、ブロニカのメンテナンスが可能です。(参考:カメラスタイル No.7, No.8)
- オールドブロニカの修理に必要なパーツを大量に保管
- EC-TL/EC-TL2 に関しては真空パックした新品電子回路をストック
- D型、S型は部品がない。(S2以降とは内部構造が全く違う)
- S2のオーバーホールで1週間、3万円前後
- 電話 03-5390-2833
- 〒114-0003 東京都北区豊島2-1-2 山新王子ビル10階
- http://www.isuto.co.jp/
参考文献
ゼンザブロニカの歴史、各モデルの仕様については以下の文献が参考になります。本ページも以下の文献類を参考にしています。機会があれば、一読されることをお勧めいたします。- 現代カメラ新書別冊 中型カメラシリーズ No.1
「ゼンザブロニカのすべて」
ゼンザブロニカ EC-TL 及び ETR の解説本。EC-TL に付いては電子回路ブロック図や、測光分布図など他の資料では見られない図版が示されているが、残念ながら詳しいメカニズム解説はない。ブロニカの歴史についても詳しく述べられており、吉野善三郎の生い立ちからブロニカD型の解説までに9ページを費やしている。 - クラシックカメラ専科 No.57 特集「ブロニカのカメラ」
吉野善三郎氏の生い立ち、ブロニカD型の開発・発表・発売の過程について述べられているが、これは上記書籍と重複する部分が多く、引き写したものと考えられる。ただしブロニカDの試作機の各仕様について述べられているなど興味深い点も多い。後のモデルやレンズに関する情報は少ない。 - クラシックカメラ選科 No.46 特集「ニコンワールド」
根本氏による、ニッコールレンズ搭載カメラに関する記事において、ブロニカ用ニッコールレンズに関する記述が最も詳しい。 - 日本カメラ 1999年12号「ブロニカの40年」
ゼンザブロニカが国内で発売開始した 1959年12月(海外輸出開始は同年3月と言われる)から40周年を記念した記事。やはりブロニカDの開発過程、独特の仕様に関する記述が多い。その他、各機種の紹介と、S2による実写インプレッションなど。 - カメラスタイル No.6 東京ブロニカンプレゼンツ連載記事
4ページにも渡る、旧型ブロニカに関する総論的記事。7号以降に現れる各話題を予期させるような内容について、一部対談形式で語られる。 - カメラスタイル No.7 東京ブロニカンプレゼンツ連載記事
吉野善三郎氏の長男、博夫氏(イストテクニカルサービス)による述懐記事。ブロニカのメンテナンスについて等。 - カメラスタイル No.8 東京ブロニカンプレゼンツ連載記事
イストテクニカルサービスにおけるブロニカS2のメンテナンスの様子など。 - カメラスタイル No.9 東京ブロニカンプレゼンツ連載記事
ゼンザノンレンズの黎明期に関する述懐記事等。 - 二億円の"お道楽" コンパクトで作った夢のカメラ(ゼンザブロニカ)
週刊朝日 1959年5月10日号
善三郎氏の生い立ちからカメラ製造に至るまでの経緯や苦労話。善三郎氏へのインタビューをもとにしているだけあり、面白い逸話も豊富。 - ニューフェース診断室「ブロニカS」
アサヒカメラ 1961年10月号
ブロニカD型の設計を色濃く残したS型の詳細な診断記事。D型に関する言及も散見される。テストされているレンズは Nikkor-P 75mm F2.8。ニューフェース診断室の記事を収めたハードカバー豪華本「国産カメラの黄金時代」に収録されている。 - ニューフェース診断室「ブロニカC2」
アサヒカメラ 1965年12月号
ブロニカC2のテストとなっているが、テスト当時はS2も登場しており、それに関する言及も見られる。設計も非常に似通っているため、S2のレビューとしての価値もある。テストされているレンズは Nikkor-H 50mm F3.5。復刻版などには未収録。 - ニューフェース診断室「ブロニカEC」
アサヒカメラ 1972年9月号
シャッター速度が非常に正確であること、内面反射対策が徹底的で優れていることが特筆されている。レンズは再び Nikkor-P 75mm F2.8 だが、こちらは収差図も収録されており、優秀であるとの評価である。「[1]最新カメラ診断室」に収録。 - ニューフェース診断室「ブロニカEC-TL」
アサヒカメラ 1975年11月号
初の自動露出内蔵中判一眼レフとして評価を受けている。レンズは Nikkor-H 75mm F2.8DX がテストされているが、あまり良い評価が下されていない。「[4]カメラ診断室'77」に収録。 - ブロニカ各機種の仕様(タムロンのサイト)
- Bronica Classic Medium Format Cameras ブロニカに関して、最も詳しいWWWサイト、各機種の取り説などもあり(英語)
- Stephen Gandy's CameraQuest, Classic Camera Profiles の中にブロニカ情報が多い。特にD型についてはほれ込んでいる。